熱に羽化されて

好きすぎてこじらせたうわ言や思考の整理など

さよならなんて、言いたくない(アントン・イェルチンオールナイト)

 アントン・イェルチン追悼特集

本当のことを言うと、こんな日を迎えたくはなかった。 

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新文芸坐オールナイト「さよなら、アントン・イェルチン 君が行きた証」に行って来た。
約2ヶ月前に事故で亡くなったアントン27歳の。早過ぎる追悼上映だった。


彼のことは『スター・トレック(2009)』で知った。
ロシア訛りを話す天才的な頭脳を持ったメインクルー最年少、パヴェル・チェコフ少尉を演じていた。すごく柔和な雰囲気と知性を兼ね備え、フレッシュさを感じさせる青年と少年の中間のような人だったことを覚えている。
そこから何作か観ていて、どれも素敵な映画に出ている俳優だと思った。大作からアート作品まで幅広く出演しているようで、出演作をすべて観ている訳ではなかったけれどそれなりには追いかけていた。

突然としか言いようのなかった彼の訃報は、深夜に妹に叩き起こされて知った。
彼女は動揺して一人で抱えきれずに私を起こしたのだが、私は寝起きの頭では何を言われても頭に入ってこなかった。寝ぼけ眼でTwitterの画面をスクロールして、次々現れる断片的な情報を読んで、何を言っているのかさっぱり分からなかった。彼が陥った状況があまりにも不可解で、これは事故ではなく殺人の可能性があるのでは?と思っていた。というかそもそもガセではないのか?本当の事って何処にあるの?

スター・トレックの新作のプレミアツアーが始まる直前の話だった。
これからのプレミアは?チェコフ抜きでやるの?そんなことってある?
全然信じられないまま眠りについた。起きたら寝ぼけてたんだよって言って欲しかった。

 

起きても全然現実は変わらなかった。
相変わらず信じられない、という言葉が飛び交う中で、彼が車の事故で亡くなったという事実はそのままだった。
これからどうしたらいいのか分からなかった。
ただ、スター・トレック/ビヨンドを観るのが、ものすごく怖くなった。
あれだけ公開が遅れたことに怒っていたのに、7月にすぐ観なくちゃいけないと思うと、全然心の準備が出来ないと思った。

 

そんな時に決まったのがこの企画だった。
すぐに行こうと決めた。オッド・トーマス以外は未見だった。
スクリーンでアントンの作品を観れる機会は、これからずっと少なくなっていく。
今待機作がそれこそスタトレがあるけれど、彼を観れる機会があるなら、出来るだけ多く行くべきだ。
3年前、ポール・ウォーカーが亡くなった時も同じことを思った(彼が亡くなってからもう2年半も経っている!これだって信じられない!)

そうして13日の夜、新文芸坐に久々に来た。

 

映画あらすじ&感想(ネタバレあり)

『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』

唯一鑑賞済みだったのだけれど、今回これを観るのが一番怖くて仕方なかった。

この作品は「死者が見える」ちょっと変わった青年が、自分の街と恋人を守るために奮闘する話だから。
オッドは悪霊には立ち向かっていき、殺された人には優しく寄り添ったりする。
最初にアントンの姿が見えて声が聞こえただけでもう駄目だった。ぼろぼろ泣いていた。
これまで意識的に彼の姿をあまり観ないようにしていた。
観たら、否応がでも彼のことを考えてしまうから。
畳み掛けるようにして、序盤から殺された12歳の女の子に対してオッドは言う。

「心配ないよ。君がこれから行くのは魂の家で、優しさと驚きがあふれている所だ。
 かわいそうに、短い人生だったね」

この台詞は、まさにアントンに言い聞かせるように聞こえてしまって、駄目だった。声を出さないようにして、わんわん泣いてしまった。

話自体はとてもスリリングで、溢れる謎や襲ってくるかいいから軽快にオッドが逃げていくので、とにかく楽しい。
悪霊などが出てくるシーンなどは、割とホラー要素もある。
南カリフォルニアの砂漠がすぐ近くにある小さな町で、オッドは何かとてつもない殺戮が起こる前兆を感じる。
そして本当に起こり始めるおかしなことを照らし合わせながら、オッドは自分の能力を使い殺戮を防ごうとする。
登場人物が皆魅力的なので、彼らの掛け合いがたまらなくおかしい。
特にオッドの恋人のストーミーが最高だ。幼なじみでオッドの能力を知っていても、彼と常に共にいる。
強くて格好良くて優しくて素敵な人だ。このカップルがとてもとても好きで、ベストカップル賞を上げたくなる。
そして、オッドを信頼する警察署の署長がウィレム・デフォーという安心感。
ラストもやっぱり泣けるんだけど、爽やかに終わる快作。
監督が『ハムナプトラ』シリーズや『G.I.ジョー』を撮ったスティーヴン・ソマーズなので、安心して観られる。
Huluで配信しているので、加入している方はこの機会に是非。
ちなみにまさに8月14日から15日にかけての映画なので、今週に見るといいかもしれません。


『ゾンビ・ガール』

B級ゾンビコメディ映画!
これが今回思いがけずに素晴らしく面白かった。
オカルトマニアのマックス(アントン)は菜食主義者の彼女と付き合っているけれど、どこか自分とは合わないと思って別れを決意。
しかしその矢先に彼女が事故で死んでしまう。
失意の底にいたが、新しい恋を見つけた矢先になんと彼女がゾンビになって帰ってくる!?
もう死んでいるからこれなら永遠に一緒にいられる!と喜ぶ彼女にマックスはどうしたらいいのやら…
彼女と新しくいい雰囲気になる女の子の間で、奇妙な三角関係のようになってしまうマックス。
自分の意見を伝えようとするも、ゾンビになった彼女を怒らせると恐ろしいことになってしまう。
ゾンビあるあるネタ満載、でもそんなに怖くはないのでげらげら笑って観ていられる名作です。

 

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『ラスト・リベンジ』

老練スパイニコラス・ケイジ、前頭側頭型認知症(FTD)と診断されCIAを離れるも、自分が生涯追いかけ続けた敵が遂に姿を表しそうになり、秘密裏に追いかけていく。
こちらはアントン主演作ではなくニコラス・ケイジ。アントンは色々覚束なくなっている主人公エヴァンをサポートし、内緒で協力してくれるCIA職員ミルトンの役でした。
いいバディもののようでもあり、父親を介護する息子のようでもあった。
というのもミルトンはかつてCIAの任務で、本部に見放されるような失敗をしてしまった時に、エヴァンだけが彼を見捨てずに祖国へ返してくれたという恩があったのです。
ずっとエヴァンが追っていた敵の事も知っており、彼のために甲斐甲斐しく世話を焼き、サポートに徹します。
これも大変面白かったです。ニコラス・ウィンディング・レフンが製作総指揮だったのでどんなもんじゃろと思ってたんですが、カーチェイスバイオレンスも良かった!
スパイが認知症になったら…という設定がとにかく面白かった上に、一本の話がしっかりと進んでいって、良かったです。

ラスト・リベンジ [Blu-ray]

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『君が生きた証』

今回のオールナイト特集のタイトルにもなっていたこの作品。
息子を亡くした父親が、彼の代わりに歌を歌うらしい、という薄ぼんやりなことしか知らずに観ていたら、予想もしない展開に呆然とした。途中からどうなるのかも全然分からなくなった。
まさに原題の『RUDDERLESS(舵のない船)』の気分を味わう。
アントンは主人公サムの歌を聞いて惚れ込み、一緒に歌おう!と持ちかけるバンドマン、クェンティンを演じている。
普段姿勢のいいアントンがこの役ではものすごい猫背で、クェンティンの自信のなさが漂う演技がすごいと月並なことを思った。
ぐいぐい来てはおしゃべりがやめられない、でも礼儀正しい面も持ちあわせており、人を寄せ付けなかったサムも、段々心を開いていきます。
初めて二人が歌った瞬間は「アントンはバンド活動もしてたんだよな…」と思ってからまた泣きっぱなしになる。
ライブシーンがとにかく楽しそうで、だからこそ余計に涙が止まらなかった。
この映画の最初にかかるのが「ASSHOLE(馬鹿野郎)」という曲で、行きずりの彼女と別れてごめんねバカで、みたいな歌なんですけど、最初の歌詞が

「さあ、別れの時が来た
 忘れられない最後にしよう
 君と別れるのはいつだって楽しい」

全然楽しくないよ、どうしよう、この映画が終わったらサヨナラを言わなきゃいけない、と考えてしまって入り込めるのかどうか不安になるくらいだった。
けれどこの映画は気づいたら息をするのも忘れるくらいにのめり込んで、衝撃を受けて、楽しくて、ぐっと胸に詰まった。
本当に良かったなんて言葉では言い表わせない傑作。この作品を音響の良い新文芸坐で観れたことが、奇跡のように感じた。
エンドロールでもアントンの歌声が聴こえてきたら、もうそこからは泣いて泣いて仕方なかった。
終わってから、監督がバーのマスター役を演じていた俳優 ウィリアム・H・メイシーで、彼のデビュー作だと知った。
凄まじい人だと思う…こういう形でもっと作品を撮って欲しいし、演じて欲しい…

 

君が生きた証 [DVD]

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DVDしか日本で発売されていないのが、信じられない。

 

 


場内が明るくなっても、暫く立てなかった。
終わってみて、オールナイト上映で初めて一睡もしなかったことに気がついた。
4本くらいあると大抵1本は観たことがあって、それでだいたいうとうとしたりしてしまうのだけれど、この日は全く無かった。
オッド・トーマス以外は初見だったからすごく心配したんだけど、とてもきちんと観れていた。
あと全然関係ないですが、隣に座っている方がとんでもなくいい香りがしていて、鑑賞中とても良い気持ちで鑑賞できていた。オールナイトで映画観る時は、常に隣に座っていて欲しいと思うくらいいい匂いだった。最高。

 

改めて記すけれど、アントン・イェルチン、作品の選眼がありとあらゆる俳優の中でトップクラスだと思う。
面白い脚本を見つけ、自分のことをきちんと理解していて、最も魅力を引き出せる役を選んでいる。
出演している作品、今まで観た中でつまらなかった作品が一本もない。これってすごい才能だ。
まだ観れていない彼の作品を、全部観終わってしまうのは勿体無いと思ってしまうので、家でBlu-rayとかで観るならゆっくりと観ていきたい。
ショーン・パトリック・フラナリーと共演作『約束の馬(原題:Broken horses)』が、気づいたら配信スルーになっていたのでこちらを観ようと思ったが、内容がなかなかに重そうで観るのに覚悟が入りそう。
この作品でもアントンは音楽家を目指していた。つくづく音楽が好きな人なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

ああでもやっぱり、『スター・トレック/ビヨンド』を観るのが怖い。
もっと怖いのは、ビヨンドの続編が作られるのが決定したこと。
彼の代役は立てない、とJ・J・エイブラムスが言っているのでそれはとても安心した。
けれど一方で、新しい作品が作られたら、どうしたって彼の不在を見つめなくてはいけないから。
わがままが叶うなら、スター・トレックのこのシリーズは、ビヨンドで終わりにして欲しい。
こんなこと書くのは酷いと思うし、もう続編は決定しているらしいのでどうしようもないけれど。

アントンの演じるチェコフがいるスター・トレックを、もっと、ずっと、観ていたかった。
去年レナード・ニモイが亡くなって、TOSのメンバーがどんどんいなくなってしまう…と思っていたばかりだったから。
だからAOSは、TOSに負けないくらい、映画だけでなくてなんならそれこそドラマに移行したりしてもいいな、3シーズンで終わらないくらい、長寿のシリーズになっていけばいいな、って、思っていたのに。
嫌だよアントン。本当は綺麗な発音が出来る君の、酷いロシア訛りを聴きたいよ。
もっと演じて欲しかったし、もっと歌って欲しかった。もっと生きていて欲しかった。
大好きだよ。今までも、これからも。
今はまだ、さよならは言わない。そんな言葉、言いたくない。