熱に羽化されて

好きすぎてこじらせたうわ言や思考の整理など

作られたことに意義はある、が(映画『新聞記者』感想)

今更ながらに映画『新聞記者』を観た。
公開時期から観ようと思っていたのに、すっかり日が経ってしまった。

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Netflixで配信*1があり、たまたま母が観たいというので一緒に観た。

https://www.netflix.com/title/81258660?s=i&trkid=0

 


映画『新聞記者』特報

 

東都新聞の新聞記者・吉岡(演:シム・ウンギョン)は、匿名で送られてきた新設大学の極秘文書を調べることになる。内閣府が関わっていることから、何か裏があるとのではないかと探っていく。一方、内閣情報調査室に務める官僚・杉原(演:松坂桃李)は自分の仕事に対して、ある事件をきっかけに不信感を抱き始める。二人は出会い、真相の追求に乗り出すがーーというあらすじである。
実在する記者・望月衣朔塑子の書いた同名の原作を、原案として作られている。

 

公開当時、ほとんど大手メディアによる宣伝を見かけず、口コミで広まってきたこの作品が日本アカデミー賞を受賞したことは良かったと思う。
現実に起きている問題を取り上げた作品が、ある程度知名度のある賞を受賞したことで、多くの人に、それもとりわけ興味のない層に訴えられることは素晴らしい。(私的には日本アカデミー賞に殆ど価値を感じていないのだが)
また、真っ向から社会問題を取り扱う作品は、今の日本には殆ど存在しない。そう言う中で、社会派と呼ばれる作品が増えたことは、喜ばしく思う。この作品が世に出たことには、間違いなく意義がある。
また、主演のシム・ウンギョンと松坂桃李は二人ともそれぞれ主演女優・男優賞を受賞している。二人とも、納得の演技だった。特に、シム・ウンギョンは好きなので、この作品で更に多くの人に知られるようになったのは嬉しい(日本の作品にも数多く出演しているが)。

 

しかし、映画の出来としても褒められるかと言えば、全くもってそうは思わない。
と言うのも、日本の問題がこれでもかと詰め込まれており、あまりにも現実をなぞったような構成になっているが、それ以上のことは何もない。なので、観終わって、「で?」と問いたくなる。現実の問題に直面している我々に考えを託すということなのかもしれないが、それにしたってあまりにも投げっぱなしというか、「今の日本ってこうですよね!」と言うだけなのだ。
問題提起としてなら悪くないのかもしれないが、タイトルになっている「新聞記者」が本来持っている筈のジャーナリズムは、結局握り潰されてしまう。権力の暴走に対して、具体策や未来の展望は描かれない。ジャーナリズムは本懐を果たせず、ひたすら今の現実だけが、つぶさに描かれている。
細かい部分が、異様にリアルではある。しかし大義のようなテーマを描き切れず、細部ばかりがリアルなのでアンバランスに感じる。こうも社会派のような作りなのに、肝心な部分が足りていない。
また、画としても魅力を殆ど感じなかった。ラストシーンのカットくらいだろうか。
話の運びとしても、単に出来事の羅列なだけに見えるので、伊藤詩織氏の問題とモリカケ問題のおさらいのように見えてしまった。

 

日本の問題点を見据える映画としてはいいのかもしれない。キャラクターの描き方なども、女性観は古臭いのだが、現状で女性差別を差別とも理解できないような人間がオリンピックの会長を務めている国なので、真っ当に現状を映しているとも言える。
内閣情報調査室の描写も、現政権が何億もかけて監視していることが分かった今では、割と現実に近い描写なのだと思う。更に言えば、内閣府Twitterアカウントを運営していたのが電通マンだった…など「現実は小説より奇なり」を地で行っているのだが…

mainichi.jp


あと、気になったのは内閣情報調査室の部屋があまりにも暗いのはどういうわけなんだろうか?

 

「伊藤詩織さん」「モリカケ問題」などのワードを見て、どんな人なのか、どんな問題だったか*2思い出せない、よく覚えていないという人には、観ることをお勧めする。フィクションではあるが、ある程度問題点が整理されているし、現実ではどうだったっけと確認するきっかけになると思う。
逆に、これらの問題を今も注視している人には、あまり必要がないように思われる。日本のダメさ加減を再認識したい人にはいいのかもしれない。

 

この作品が公開されたことによって、日本でももっと社会問題を取り扱う作品が増えていくことを願っている。
映画はただの娯楽なので、社会問題とか取り上げないなどと言っていた監督がいたが、政治に関わらない作品など存在しない。大なり小なり関わるに決まっている。
それ以上に「もっと社会問題を取り扱いながらも面白い作品が作れる!」と奮起する監督や製作者が複数現れてほしい。社会問題を取り上げることと、それをエンターテイメントとして見せることは両立するし、そう言った作品は世界中に増えてきている。
日本の映像界では社会派エンタメの作り手として野木亜紀子が挙げられると思うが、いつまでも彼女一人を代表のように扱ってはいけない。もっと豊かになっていってほしい。
この作品だけでは、あまりにもつまらない。

 

この原案を書いた望月記者のドキュメンタリー作品もあるので、こちらも観てみたい。
これもNetflixで配信されている。

https://www.netflix.com/title/81258661?s=i&trkid=0

 


【予告編#1】i-新聞記者ドキュメント- (2019) - 望月衣塑子

*1:Amazonでは2021年2月現在Prime対象作品ではなく、購入しなければならないので注意。

*2:念のため申し上げておくが、今挙げた二つは、それぞれ違う出来事である