熱に羽化されて

好きすぎてこじらせたうわ言や思考の整理など

1人の熱意が世界を魅せる(映画『バスタブとブロードウェイ』感想)

『バスタブとブロードウェイ: もうひとつのミュージカル世界』


https://www.netflix.com/jp/title/81044103
Netflixに加入してたらここから見れます(うまく埋め込み出来なかったので普通のリンク…)

【2022.05.01 追記】
Netflixでの配信は終わってしまったのですが、なんとU-NEXTの方で配信始まったそうです!
video.unext.jp
こちらではタイトルが『ブロードウェイとバスタブ』という表記になっておりますが、同じ作品です。
そもそも原題は『Bathtubs Over Broadway』なのですが、これは有名なミュージカルの『Bullets Over Broadway』のパロディでは?と指摘されており*1、この邦題が『ブロードウェイと銃弾』なのでそちらに合わせた変更かと思われます。

あらすじ

最近ミュージカル関連作をよく観るようになったのだけど、めちゃくちゃ良かった一本。
1人の男が失われたジャンルにふとしたことからのめり込んでしまうドキュメンタリー。
謎に覆われた世界の一端を紐解いていくワクワクと、熱中している人の熱意に皆が少しずつ巻き込まれていく楽しさが味わえる。

コメディ作家としてキャリアの長いスティーブは、コメディにのめり込み過ぎて何も面白いと思えなくなり、ただ仕事にのめり込むばかりの毎日だった。仕事のために面白いレコードを探している内に「企業ミュージカル」と出会う。これが彼の人生を大きく変えるきっかけとなる……

「企業ミュージカル」とは

ブロードウェイで行われるショーと違い、企業が自社社員向けに作ったミュージカルのこと。
戦後の経済成長とともに、1950〜70年代に自動車から日用生活品などの大企業が、潤沢な予算をかけてこぞって作っていた模様。歌詞こそは自社製品を褒めそやすものが多く、ヘンテコな題材のミュージカルだが、曲調や演出はかなり本格的だった。
もちろん一般向けにチケットを売り出したりする商業作品ではないので、アメリカでも知名度が低いどころか知っている人が殆どいない。

感想(ネタバレあり)

酷いネットミームで話すけれど、全編「オタクくん大勝利です…!」という案件だった。1人の熱意が、夢物語を現実に変えてた。
ある日出会って一発で好きになっちゃうんだよね。あの落ち方は今でこそ沼落ちというのだろうけれど、途方もない何かへの扉を開けてしまった瞬間。仕事しか人生に打ち込めるものがなかった人が、人生をかけて夢中になれるものに出会うというのがまずたまらなく良かった。
そこからスティーブの地道な旅が始まるのだけれど、その軌跡もまた面白い。
企業ミュージカルは当然円盤などない……と思いきや、企業に勤める社員向けに非売品としてレコードを配布していることがままあった。音源は探すと出てくるのだ。映像となると相当限られてくるのだけれど。
それを手放した人たちのお陰で、企業ミュージカルの楽曲が詰まったレコードが、稀に中古のレコードショップに姿を見せるのだ。探しにスティーブはあちこちの店に顔を出し、名刺を渡し、もし見つかったら教えてくれ、言い値で買うので…と言ってはまた次の店に行く。
彼の捜索範囲は実地だけではなく、インターネットも守備範囲になっていく。まるで、孤独に忘れられた遺跡を掘り起こしているみたいだった。そんな中、僅かながらの同好の趣味の人たちと会う。マジで好きな話して楽しそうな顔をしているのを観るのは健康に良い。一ミリも分からない話でも。
そうやってレコードを集める内に、今度は製作者や出演者たちのことが気になってくる。企業ミュージカルは知名度こそないが、当時割の良い仕事だったため、俳優志望や若い演出家が腕試しのように出ていた。企業ミュージカルの専門で働いている人も勿論多くいた。
今、ショービジネス界隈で活躍している人がかつて企業ミュージカルでも働いていたことが取り上げられている。
表舞台で活躍している人は足取りを掴みやすいが、そうでない人はなかなか難しい。そこでスティーブは数少ない手がかりから、芋づる式に関係者に連絡を取り、実際に会いに行く。もうこの辺りからちょっと想像の範囲を超えた。
この会いに行くのはかなりハードルが高いと思うのだが、この会いに行きたいスティーブが元々キャリアがあり、テレビ業界では名の知れている人物だからこそ叶ったのだろうと思った。彼でなければ成し遂げられなかっただろう。そこからの流れは唖然としてしまった。ラストは圧巻だった。オタクの夢、叶いまくりである。地道な努力がすごいことになった。な、なりたい…こんなオタクに……

また、アメリカの経済成長とそれに乗じた文化の興隆も見れる。凄かった。金があるっていいなあ!
文化は人に余裕がある時に成長し花開くのがヒシヒシと伝わってくる。企業ミュージカルを作ろうとしている社員は、イメージするブロードウェイミュージカルのようなものを演出家に作らせるのだけれど、その予算が当時のブロードウェイミュージカルの予算よりも遥に超えていたというのが、アメリカにとっても高度成長の時だったのだなあというのをひしひし感じた…そしてそれを終わらせた要因の一つがトヨタや日産などの日本車の台頭なのだと思うと、今日本で私がNetflixで観ているのは、ちょっと皮肉めいたものを感じる。
けれど、この作品のお陰で、私も知らなかった「企業ミュージカル」という謎の多い一大ジャンルを知ることが出来たので、それだけでも満足。人々の記憶の彼方とかすかな情報の断片から、こんな大掛かりなものが浮かび上がってくる楽しさよ。


1時間27分なので、サラリと観れる一本。ただし、Netflixのみ配信、本日2022年4月29日までなのでまだ観てなければ今すぐ観てほしい!22時半までに再生すれば大丈夫だから!(以下追記)現在U-NEXTで配信中です。

もし似たような題材の作品があったら観たいので教えてください。
『サッドヒルを掘り返せ』が似たような感じだと聞いたので、そちらも観てみたい。