熱に羽化されて

はとです。好きすぎてこじらせたうわ言です

2016年映画ベスト(作品部門)

あけましておめでとうございます。
昨年漸く動かし始めたブログではありましたが、月に一度以下の更新率という超低速を記録しています。
今年はせめて月に一本以上書けたらいいな、ということを目標にしていきたいと思います。

 

映画界隈としては、本日はゴールデングローブ賞の発表があったと思いますが、まだ結果を観ていません。
司会が私の愛するジミー・ファロンだったので、授賞式を完全版で観るまでは、お預けにしようと思っています。
そのため、私がGG賞を観るまではTwitterも開かないつもりです。

だからと言っちゃあなんですが、まだ出していなかった去年の映画ベストを出したいと思います。
別に出さなくてもいいんですけど、単に私が好きだ!ということを連ねるだけですので。

 

 新作編

1位:レヴェナント 蘇りし者

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やっぱりこれが今年の一番です。
艶めかしいほどに美しく撮られた、押し寄せてくる雪や水などの圧倒的な自然の中で、迸る生命の火に人間を観た。
ぞっとするほどの息遣い、雪山の凍るような空気、画面の隅々まで生命力で満ち溢れていた。
劇場で観たのにこんなに後悔した作品もなかった。極上の環境で何度でも観たい、と思ってしまったのに、後の祭りだった。THXも爆音上映もやってたのに全て見逃したことを未だに悔やんでいる。
駆け込みでIMAX上映に行けたのが救いだったけれど、どうして初日に行かなかったんだよ本当。
映像も音楽も復讐譚としても人間を描いた作品としてもこんなにも観客を呆然とさせて殺しにかかってくる映画早々お目にかかれません。というわけでこれが一番。

 

 

2位:ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー

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観終わって今年ベストでは!?と叫んで色々調べてしまったのが良くなかった。どうしても引っかかる点があって。
それでもやっぱり好きだと思い返せば返すほど、ぐっと来てしまう、そんな一作。
実はスター・ウォーズシリーズにはそんなに思い入れがなくて、本編7作は全部観ているし割と好きだが「これが人生だ!」とかとても言えない。でもこれは一本の映画としても、スター・ウォーズサーガの一遍としても素晴らしかった。よっぽど父の方がスター・ウォーザーだったのに、そのへんはまったく娘に教育してこなかったとか、まあその辺りは別の話。
フォースが使えなくても、互いをろくに知らなくても、相手が絶望的に兄弟でも、同じ目的のために、何度も何度も、諦めずに小さなことでも進み続けていく。そうすることで紡がれる希望が途絶えずに、次の世代へ繋がっていく。細い糸のように頼りなくても、誰かが受け取れば、きっと希望は大きく花開く。
ジンが反乱軍の前で語るシーンと、貨物船に乗り込んでからのシーンは全部好き。
あとマッツ・ミケルセンがズルすぎてなんかもう出てきたら延々と泣いてしまった。

3位:シング・ストリート 未来へのうた

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間違いなく今年の一本であり、生涯の一本にもなった。
2016年、めちゃくちゃ期待値を上げて、その期待値を更に上回っていったのはこれ一本だけかもしれない。
高校生が自分の殻を打ち破って思い切り駆け抜ける、原石のような輝きがキラキラとぶつかり合って奏でてる音楽が爽やかで胸に来てどうしようもなく泣けてきた。
登場人物が誰も彼も愛おしすぎて仕方なかったのだけれども、あまりにも自分が主人公の兄であるブレンダンと重なってしまって、それでものすごく泣いていたのも事実。刺さった、あのキャラ、今年一番感情移入した…
劇中歌の「Drive It Like You Stole It」と、流れるシーンは、間違いなく今年一番の傑作。

 

 


4位:プリースト 悪魔を葬る者

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まさかこんなに好きになるとは思っていなかった。
私が今年観たかった、本物のヒーローはこの映画にいました。
孤独なヒーローが世界の誰からも認められていなくても、自分のやるべきことを全うしようとする様にぐっときたし、唯一知る青年は逃げ出した過去を乗り越えて、今度は逃げない選択をして隣に立つ…こんな最高のバディでヒーロー、他に知らない。
いきなりイタリア語から始まり、韓国映画カトリック?と最初馴染みのない世界に驚いたのですが、これがうまく現代の中に溶け込んでいて悪魔祓いという話が物凄く上手に現実と重なっていた。

 

 

5位:スター・トレックBEYOND

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 ローグ・ワンが過去から手渡されたバトンだとしたら、今作が過去を引き継いで生み出した未来の理想郷の一つだ。
シリーズ当初では子供だったキャプテンが、大人ならではの責任感や、苦悩していた姿にクリス・パインの演じ方がどんどん良くなってきたなあと感慨深くなっていた。けれど決してシリアスになりすぎず、軽やかにアクションやコミカルさも含めて描いているの、本当に大好き!
ヨークタウンのシーンでは、音楽と人々の生活の営みに「こんな未来があればいいのに」といつも泣いてしまう。
クルーたちの掛け合いがよくて、特に全員でポンポンと自分たちの知恵を掛け合って一つの結論に結びつき、ぶちかますシーンは最高でした。自分の力量と仕事をきっちりとこなす、格好いい大人たちの映画だった。
このメンバーが最高。最高だから、次の話は考えたくない。

 

 

6位:ベストセラー 編集者パーキンスに捧ぐ

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 出会うべくして出会った、編集者と作家という二人の男の友情であり仕事であり人生の作品。
こちらも仕事映画であるし、その道のプロ故ののめり込み方だけど、仕事を超えて人生の全てを投げ打ってでも燃える情熱にこちらまで焦がされそうだった。
目に見える形の激しさを作家トマス・ウルフが、端から観れば冷静なのにその実胸の内に秘める情熱は誰よりも強い編集者マックス・パーキンスが、それぞれ正反対に互いに必要としている様は美しいとしか言いようがなかった。
ラストまで観て、この映画と二人の“完璧”さに打ちひしがれた。ラストは泣いて泣いて泣いて、打ち寄せる波に呆然とする他なかった。

 

7位:10クローバーフィールド・レーン

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クローバーフィールド/HAKAISHA』の続編なのだが、何なら前作を観ないでこの作品を観た方が面白いと思う。
それくらい何も知らないで観るのが良いと思います。
観ている間、ずっと息を止めたり、飲んだり、大変ドキドキする映画です。
そしてダクトテープはいつだって最高、というダクトテープ映画でもある。
こんなに力強くて面白い作品になるとは思わなかった。主人公が格好良くて、ああなりたいと思う。

 

 

 

8位:クリード チャンプを継ぐ男

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去年の正月に観た映画だったので人によっては2015年の映画だとは思うのだけれど、まあ最高としか言いようがないスタートを切れたのはこの映画のお陰。過去があるからこそ今がある。
人の思いは繋げよう、と思わないと繋がらない。でも思いがあれば繋がっていく。そして立ち上がって、挑戦し続けるのも自分の意志。ああー格好いい、ひたすら格好いい。序盤の、プロジェクターでYoutubeの映像に自分を重ね合わせたアドニスに、もうあれだけで持って行かれた。

  

 

9位:キャロル

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雰囲気も衣装も二人も大好き。出会いも逃避行も刹那的なようで、しかしそれが人生において大事な瞬間がいくつも重なっていく。何もかもが渾身の写真のアルバムのようで、そこに入った傷さえも愛おしかった。

女性同士ということを除けば、なんてことない話かもしれない。しかしそのなんてことない二人の恋愛が、愛おしくて大好きだった。それに、それでも1950年代の二人があのラストを選んでくれたことが私にとっての福音だった。
何度も繰り返し繰り返し観ては、「好き…」と溜め息を吐きたい、そんな感じ。

 

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10位:バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生

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こんなに面白いとは思わなかった作品第一位かもしれない。
なぜなら私とザック・スナイダー監督はまっっったくもって肌が合わない。
序盤のケレン味と格好良さは相変わらず、しかし面白さが全く失速しないまま終わってしまったので、本当に私は今この映画を観ていたのか分からなくなった。前作の『マン・オブ・スティール』は嫌いじゃない、が、もうちょっと色々どうにかしてくれ、と思っていた。
特にベン・アフレックバットマンがこんなに良くなるとは思っていなくって、ずっと心がブルースに寄り添ったままだった。だからこそ、最後の二人が理解し合うシーンがぐっとくる。
ヴィランレックス・ルーサーもとても良かった。気が狂ったような喋り方と実行してしまえる、自分ですら懐柔できていなさそうな狂気が大変似合っていた。
しかし何よりワンダー・ウーマンが格好良すぎる。ワンダー・ウーマンも、ジャスティス・リーグも、とても楽しみになった。

 

 

旧作編

(劇場で観た作品のみとする)

君が生きた証(+アントンオールナイト作品)
戦場のメリークリスマス
ノスタルジア
アイム・ノット・ゼア
スーパー8
つぐない
地獄の黙示録
バトルシップ
オン・ザ・ロード
インセプション(IMAX)
X-MEN ファースト・ジェネレーション

 

映画祭編

特別賞:ネオン・デーモン(2017年公開作のため)

メコン大作戦
ネイバーズ2
ミステリアス・スキン
メン&CHICKEN
年下のカレ
リビング・デッド
愛と死の谷
グリーン・ルーム
ヴィクトリア
シェッド・スキン・パパ

 

以上2016年映画ベストでした。

全体を通して考えると、意志の強さと過去からの繋がりと、未来への展望みたいな所にぐっと来ているのかな、と思う。
2017年はどんな映画に出逢えるかな、と思っていますが、現在腰を痛めてまだ新作を一本も観れていなくて発狂しそうになっている。早く映画観たい。

魔法にかからなかった(『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』感想ネタバレあり)

ジャパンプレミアの2D字幕、その後IMAX3Dで、それから更に4DX吹替で観てきました。

まず始めに言っておきたいのですが、私は「ハリポタは人生」と言ってしまうタイプのオタクで、もともと映画など認めぬわ!というくらいの原作小説至上主義者でした。
今は映画も原作も大好きです。あんなに忠実で面白いままきちんとシリーズ最後まで終わらせたのが奇跡の作品群だと。
ちなみに現時点で『呪いの子』脚本、舞台、どちらもノータッチです。
そしてこの数年で「作品は好きだけれど、作者の価値観とは合わないな」と思っているマグルです。(とても柔らかな表現を使っています)
なので、こんな奴がなんか色々言ってると思ってください。

 

まず観終わった時に思ったのは、「原作を読まないまま『ハリー・ポッターと賢者の石』を観た人たちの感覚と同じものを味わっている」でした。今までの私は、原作を呪文や台詞やら片っ端から暗記していて、それがどれ位出てくるかとか観ているような子供(そうです第一作の当時は小学生だったのです)だったので、どんな物語になるのか、どんな場所や人たちが出てくるのか、まったく知らないままで観ているこの舞台のお話を楽しむのは初めての感覚だったのです。
これは貴重でありがたいな、と心の底から思いました。同時に、とても不思議でした。私の知らない魔法界があったんだなあって。 狂ったように読み込んで、隅から隅まで知ってるものと思い込んでいた。(大丈夫か?と自分で書いていても思いますが、終始こんな感じです。大丈夫です)
世界観は同じなのに、まるで知らない世界に迷い込んでしまって、出口がどこだか分からないまま呆然としていた、というのが一番近いかも。

ここからネタバレが入ってくると思うので、観たくない方はここでさようなら。

 

 

 

 

 

 

観終わった時に思ったもう一つのことが、これが面白いのか面白くないのか判断が出来ない…
というのが素直な感想でした。
なんだか、よくわからなかった。
感動した部分もあったし、わくわくもあったんだけど、なんか、なんだろうこれ?
私が観たかったのってこれだったっけ?

 

良かったなあ、と一番思ったのは、ジェイコブ・コワルスキーというマグル(ノー・マジ)の存在。
今まで何かしら魔法使いと関わりのあるマグルしか出てこなかったこの世界で、ちょっと関わっただけの、普通ならすぐに記憶を消されておかしくない人が、当たり前のようにあの世界に溶け込んでいたってどれだけ幸福なことなんだろう、と何度も思う。

「君は誰からも好かれるだろう」と作中でニュートが問いかけるシーンがあるけれど、まさにそう言いたくなるような善人なんだよな。聖人ではない、善人。
ニュートのトランクの中に入った時に、次々と出て来る魔法生物に対して驚きはするけど、次の瞬間には「うわー!素敵!」という反応をする。そこがとてもいい。なぜならあの世界のマグルは見慣れないものに対して、怯えて凶暴になる、という設定で話が進んでいくから。でもジェイコブはそうじゃない。
彼がこの作品で一番良かった。間違いなく、魔法使いと私達マグルを繋いでくれたキャラクターだった。

 

トランクの中、で言えばあのシーンは惚れ惚れしたくなりました。布で仕切ってあるけれど、くぐり抜けるとまったく違う気候になってたり、土地になっていたりするのは楽しい。拡張魔法があれだけ夢を見せられるのはよい。
あれに似たような気持ちは炎のゴブレッドの時の序盤のテントの中とかがまさにそれで、ちっぽけなものの中に無限の世界が広がっているのは素敵。

『幻の動物とその生息地』をあほみたいに読み込んでいたお陰で知ってる魔法生物が出て来る出て来る!
ボウトラックルもエルンペントもニフラーもデミガイズもいるー!
名前が出てなかったけどフウーパーとかディリコールもいるぞ!
ビリー・ウィグは見るたびに「フィフィ・フィズビ―(お菓子)の原料…」とか思っていました。
でも設定観て初めて気づいたんですけど、ヌンドゥがいることに気づいてのけぞりました。あの吠えると喉元がハリセンボンみたいに膨らんでるヒョウみたいなの、あれかよ…!というかヌンドゥをトランクの中で保護しているのは生物全滅する危険性ない?大丈夫?そもそもなんで先生は保護成功しているの?という疑問が沸いて未だに混乱しています(ヌンドゥは吐く息で人間の村を一つ絶滅させる威力を持つ)
(あとしょうもないことに初めてオブスキュラスを見た時、「あれレシフォールドじゃない!?」と思ったんですがレシフォールドの名前を思い出せなくてあれ?と思って一瞬勘違いしました。鑑賞後に名前調べてレシフォールドだった…違った…とがっくりしていました。レシフォールドは黒くて薄い布みたいな魔法動物で、寝ている人間にそっと覆いかぶさってそのまま食べてしまうという恐ろしい習性を持っている)

もう一人良かったキャラクターがクイニー・ゴールドスタイン。
天真爛漫で、でも人の心が読めるゆえに傷ついたことも多くあるのだろうな、という想像をさせるけど、そんなことお構いなしにこちらを魅了するキャラクターだった。
自分のことを理解していて、だからこそ機転が利いて、立ち回るのがうまかった。
すごく好きなキャラクターです。

あと、酒場のシーンが良かった…!
禁酒法ってマグルの法律だから魔法使い関係ないのでは?と思ったけど、ならず者たちが集まる酒場の雰囲気はとても良かった。
あの歌とバーテンダーと、壁に貼ってある懸賞金と、こういうハリポタではあんまり見せられなかったような、悪い大人の側面が見えるのはとてもいい。
ロン・パールマン演じるゴブリンのナーラックも、とても悪くてずるくて最高だった。
彼の出演作のパシフィック・リムと役どころが被っているような気はしたけど…

クリーデンスを演じたエズラ・ミラーはハリポタオタクであるということはもう広く知れ渡っていると思うけれど、決まった当初は、メインキャストは英国人だからアメリカ人ではなかなか出るチャンスがなかっただろうに、今回のシリーズで出れて良かったねと心の底から思っていました。是非グザヴィエ・ドランと対談して欲しい(ドランはカナダ盤フランス語吹替でロン・ウィーズリー役をずっと続けているに加えて、自身の腕にダンブルドアの台詞と顔を入れ墨に入れるくらいのハリポタオタク)

 

後はコリン・ファレルの格好良さが天元突破していた。
グレイブス長官最高!ありがとう!あの造形をコリン・ファレルでやろうと考えた人本当にありがとう!
史上最高の格好良さだった。作中で一番格好いいキャラクターでもあった。本当に惚れ惚れする。

 

映画の冒頭、始まってからのシーンがいちばん好きです。
わーっWBのロゴとヘドウィグのテーマで涙腺爆発!私今ハリポタシリーズの映画観てる!と思えたし、新聞と動く写真がイエーツのハリポタっぽい!すごい!とすごく興奮した。
そしてその興奮が冷めやらぬ内に映し出されるグリンデルバルドの後頭部カットーーー!ああーーーここ報道されてた写真のジョニデかっこいいじゃんうわーーー!
ここからニュートの旅まで移っていく、ここまでがとても好き。

 

残りは褒めていないしものすごく攻撃的になっているので、この映画が良かったなあ、と思っている人はこのままUターンした方がよいと思います。

 

 

 

 

主役のニュートとヒロインのティナが好きになれなかった…
ニュートは魔法生物の保護を目的としている割に、初っ端で孵化しそうなオカミーの卵を置いてった段階で「え、こいつ本当に動物大事にする気あるのか…?」と思ってしまって。
研究のために保護していて、愛情が行き過ぎている…というのはまだいいけれど、スウィーピング・イービルなんかは完全に便利だから使役してたように見えた。
ピケットをナーラックに渡す時も、きっと彼はこの後ピケットを救いに戻るのだろうけれど、その対策のようなことや算段がまったく取れていなかったので、これで別れたらそれはそれなんだろうな、という感じに耐えられなかった…
序盤のどんなに人に迷惑をかけたとしても動物は悪くない!という態度はまあ百歩譲って動物のせいでないとしても、その地域にいない生物持ち込んだお前が悪いのでは…?という気にもなってしまった…
ハグリッドと似ているなあ(年代的にはハグリッドがニュートに似ているなあ、だったと思うけど)というのが最初の印象として強かった…もっとねちねちこいつの性質はねーって調べるのが好きな学者っぽいイメージだったのが良くなかったのだろう、と思う。

あと中盤でテセウスという兄の話が出てきたけど、出来のいい兄とそんなに良くないはみ出し者の弟の話ってハリポタでも繰り返し繰り返しやってたけどまだやるの?JKRの好きなテーマだとは思うけど…

兄と弟、の話で言えばマグルの新聞社の息子たちマグルもそうでしたね。多分次回作出てこないんだろうけど何か兄に比べて弟は劣等感を抱かなきゃいけない法則でもあるのか?もうお腹いっぱいだよ!なんであんなモブまでに中途半端な物語もたせようとするんだよ!結局アレ出した意味あるの?

話がそれた。ニュートに関しては、何度か観ている内に彼には彼なりの考えや優しさがあることも理解は出来たけど、心からは好きになれなかった。

 

もっと勘弁して欲しかったのがヒロインのティナで、これは物語を進めるための仕様なんだとは思っても、一応マクーザ捜査官(闇祓い)なのに、なんであんなに無能なのか?という…騒ぐだけ騒いで足を引っ張って、どんどん事態を悪くしていく一方で、どうしてこの人はそもそも闇祓いになれたのか…?という疑問しか沸かなかった。
最初にニュートを連れて行く段階でも、もっと巧い伝え方があっただろうし(現に長官はティナのことを気にかけて後で話を聞きに来てくれている)(あの段階で彼はグリンデルバルドなので、自分に不利益があったら困ると思って動いているのだろうとは思うが、それでも細かいところを放置せず気にかけている、という点はきちんとしている)、その後の「私が監視しないと!」みたいなはりきりっぷりもいいけど、ジェイコブを家に連れ帰らせといて病気かどうかとか診もせずに食事にしましょうって流れになるのはなぜ…?その人具合悪いからって男子禁制のアパートに連れ帰ったのではないの?

他にも新セイラム救世軍を追っかけていく過程でクリーデンスを見過ごせない…というのは分かるけれど、そこまでティナがこだわる理由が全然わからなくて、作中でろくに描写されないのにはええーという気持ち…

しかも中盤ようやく会議で人に話聞いてもらえる段階で、あんなにニュートとジェイコブを晒し者のようにしたくせに、ニュートにトランクを取り上げられたことにごめんなさい…って所で唖然としてしまった。取り上げられるって、危険物として晒し者にしたくせに、想定しなかったの?真っ先に自分が危険な動物を持ち込んだから条例に反している!って散々言ってたのに同じ政府のメンバーに見せて何のお咎めもなしだなんて思ってたの?本気か?

最初にニュートが魔法動物についての本を書いているというのに「駆除の本?」とか言ってた自分のこと棚に上げすぎでは?本当に解せぬ。

 

無能というならピッカリー議長もほんとうに本当にひどくって、なんであんなにあんぽんたんなトップを描くのか訳が分からなかった…あんな微妙な役をよりにもよってカルメン・エジョゴに演じさせたのかマジで恨む…なんか設定的には賢いらしいけど映画に一ミリもトップに立つべき人間の要素が感じられなかった…

しかも1920年代のアメリカで!黒人のルーツを持った女性がトップってそれだけの実力が故にその位置に立っているだろうに!なぜ!あんなに!人の話は聞かないし何が大事かも分からないし指示も下手くそなの!よく従ってたよグレイブス長官は!
もしこれが2016年を舞台に描かれていたなら、どんな役者がポンコツなトップを演じていても怒りはしなかったけれど、舞台が1920年ですよ!?マグルの世界では女性参政権がようやく認められて、まだ公民権運動も起こってなかった時代ですよ?!未だに頭に来るしあのキャラクターを優秀であるというの設定のくせに典型的なダメな政府の象徴としてしか描かなかったことがもう本当に許せない…!

 


唯一格好良いー!と思っていたグレイブス長官は、まあ、グリンデルバルドになってしまうので…
というか最初のグリンデルバルドのカットからすぐ映るコリン・ファレルの後頭部、さっきのグリンデルバルドとまんまでは…?普段イエーツこういう撮り方しないよね?こういうドランみたいな撮り方…と序盤に思ってしまったのが敗因でした。
中盤でクリーデンスに死の秘宝のシンボルマーク渡す所でもう確定だけど、本当はグレイブスとグリンデルバルドは別人が良かった…
というか!あの正体の現し方が!ひどくない?あれ魔法の呪文で解けちゃうんだ…となりました…
それこそニュートのトランクにいる魔法動物の持っている力や羽根とか鱗粉とかの副作用で、真実を露わにする、とかそういう方が納得できた…
魔法で捕らえられないグリンデルバルドが、魔法生物でなら捕らえられた、という流れは良かっただけになんだかすごくもやもやした…
というかそもそも味方側についていて、しかも高い地位にいる立場の人間が、実は悪人でしたー!という入れ替わりの驚きネタって、炎のゴブレッドでもうやったじゃん…またやる…?
そもそもなぜ入れ替わる必要性があったのかが分からなかった。グリンデルバルドには何か意図があったんだろうけれど、いつからグレイブスと入れ替わってたのかが不明なので、彼の意図が見えないんだよね。それで入れ替わってたのは実は悪の総本山でしたー!ジョニー・デップでーす!びっくりした?って聞かれてる気がしたんですけどいやあそんな入れ替わりネタ前にもやってたじゃないっすか…何を今更…?みたいな気持ちにしかならなくて…
そして出てきたジョニー・デップがさあ!なんであんな白塗りっぽいの?!
いい加減に白塗りキャラは卒業していただきたかったんですが…あのビジュアルでOK出した人にも本当恨む…
グリンデルバルドは格好いいビジュアルのキャラクターって原作で言われていただけに相当ショック…全盛期も真っ青なくらいの格好良さを更新してほしかった…直前までいたコリン・ファレルが最高に格好良かっただけに、もう何重にも叩きのめされた…
ここ数年あまり調子がいいとは言えなかったジョニー・デップの復帰作になるのでは、と期待していただけになんだかビジュアルも微妙だし、なんか「覚悟はいいか?」とか言ってるけど何をしでかそうとしてるか見えなさすぎて「えっこいつ何いってんの?」としかならんかった…
なんか、小物感が凄いんだよ…ヴォルデモートに比べれば、その前の時代の人なので当然やらかしてる事もヴォルデモートの方が邪悪なので、それより抑えた悪役になってしまうのは当然なのだけれど、なんだか小物臭が凄かった…グリンデルバルドに夢を見ていた私を返して…
グリンデルバルドとヴォルデモートの違いがあるとすれば「愛」に理解があるかないかって所で、そこはクリーデンスを漬け込むのにうまくやっていたとは思うのですが、演じていたのはコリン・ファレルですね、という…
次回も観るけど期待したのが間違いだったなあ…

 

ここまで散々なことを言ったけど、一番私に取って致命的だったのは、この映画「格好いい大人」がほぼ皆無なんですよね…
ハリポタシリーズにはいたんだよ。マクゴナガルとか、ルーピンとか、シャックルボルトとか、テッド・トンクスとか…勿論彼らはハリーの視点から観ているので、もっと葛藤があったり格好悪い部分も沢山あっただろうとは思うけれど(ルーピンはその辺も描かれてたね)
そして私はファンタビを「主人公が大人だからこそ、格好いい大人が出て来る」と期待していたんですよね…
でもニュートもまだまだ未熟だったし、ジェイコブやクイニーがギリギリ…?
一番格好良かった(何度でも言う)グレイブス長官は、中身がアレなのでノーカウントです。

 

他にも色んな箇所で、これハリポタシリーズの焼き直しでは…?
と思う箇所があまりに多すぎて、うまく乗れなかった…
試写会しか観ていない段階で感想を読んでいたら「ハリポタファンなら絶対楽しめる!」という言葉が散見されてたので、期待してしまった、というのが一番良くなかった…
全然楽しめなかったファンもここにいたよ、という話です。
いや面白かった部分もあったよ…あったけど…がっかりがあまりにも強すぎた…
でもキャラに萌えるのは分かる…Gredence萌えるよね…

 

最初に観た時、この作品は「かつてハリー・ポッターシリーズを観て楽しんでいた人たち、特に当時子供だった、今大人になった人たちへ」向けて作られた気がしたんですよね。
今子供向けというには暗い要素多すぎない?と単純に思った。
でも大人向けにしては、ちょっと大人を馬鹿にしてない?いや騙されないよ?とものすごく威嚇してしまったんだけど、三回観て「あっちゃんと子供向けに作ってある…分かりやすさとか親しみやすさとか…」となんとなく納得してしまった。ただ、今回はもうこのシリーズに100%魅了されなかったなあ…という他人事のような感じがしていました。
むしろ今までが自分の中に取り込みすぎて他人事でなくなっていた方がどうかしている。

 

これだけ言ってますが次回作はもっと違う場所で、また違う話になってくるとは思うので、見届けるつもりではいます。
もうそろそろこんなに愛憎入り混じりすぎておかしなことになっているから、もっと楽に観たら良かったのにね。
これは私が思った感想なので、間違ってこの映画が好きなのに最後まで読まれてしまった方は、なんだかとんでもないやつがピーチクパーチク言ってたなと思って脳から速やかに削除するのが一番幸せだと思います。

 

 

 

これから『呪いの子』読む方が百万倍自分がおかしくなりそうで今から怖い。

 

ウォルター・メイブリーという男について(『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』感想ネタバレあり)

ダニエル・ラドクリフモンペ、ウォルター・メイブリーについて語る。

ふせったーでつぶやこうと思っていたら文字数制限に引っかかったのでこちらの投稿します。
最初から最後までウォルターとダンの話しかしていません。
真面目な、というか全体的な感想はまた別の機会にこちらにアップできたらいいなと思います。

という訳で肝心のダニエル・ラドクリフ初の悪役ということだったのですがすんごくキュートで最高でしたありがとうございました。
どこか小悪党抜け切れてない感じですが凄く良かった。

 

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このダニエル・ラドクリフがフォー・ホースメンを手玉に取っていると言わんばかりのポスター、日本版でしか見なかった気がするんですけどKADOKAWA様本当ありがとうございます!

 

ウォルターについて(ネタバレあり) 

まず予告編での出落ち感溢れる登場シーンが初登場なんですけど、あの「ジャジャーン!(TA-DA!)」は勿論最ッ高に可愛いんですが特筆すべきはその下。
足です。
なんと裸足なんですよ!
それだけで萌えるのに靴を履くシーンでモンペ号泣ですよ。足をぎゅっぎゅと靴にねじ込んでる姿観て、履けてえらいね…!って泣いてた(ダンは協調運動障害持ちなので靴紐を結ぶのが得意ではない)
この最初のシーンでは、かつて組んでいた筈の相棒に裏切られて密かに怒りを燃やしている悪の天才として描かれています。この辺の裏切りの話あたりはちょっとソーシャルネットワークっぽさを感じた。二人共若い会社だろうから余計に。相棒に情緒不安定だと言われて役員総会で締め出しを食らって…ってどんな奇行を働いていたんでしょうか。気になる。スピンオフocta待ってます。創業から頼む。オーウェン・ケース現CEOの出会いからみっちりやってほしい。多分ウォルターの家のガレージから会社がスタートするやつでしょ!?(それはアップル)

ついてきて!って言ってもついてこないフォー・ホースメンを手下使って無理矢理ついてこさせたりとか、ここは僕が話したいの!とむんずとウディハレちゃんの顔をつかむ所とか、無邪気で言うこと聞かない奴は嫌い!という子供っぽさに溢れてて可愛かった。あと小さいネタいじられてて笑った。小さいよねやっぱり。知ってた。ネタばらししたい!ここが楽しいところなんだよ!ときゃいきゃいしているのはマジシャンというよりは名探偵を気取りたい感じがあった。

そしてぎゅうぎゅうに詰めたソファで突如として見せられる問題のマカオ旅行!
「Our trip in Macau」のタイトルが出てきたと思いきや始まったスライドショーの数々に悶絶。寝ているフォー・ホースメンの横にウォルターが写り込んだ写真たちがまあかわいいこと。ダニエル・ラドクリフが中指立ててるの初めて見た気がします。もし見たことあるよ!という方がいらっしゃったら教えて下さい。実はこの写真たちSNSに流れてたので先に観てたけど、全部じゃなかったので良かったです。あれ凄くはしゃいでてかわいい。コマ送りにさせてほしい。円盤早く。

というか1年前に死んだということになってから、多分ウォルターはずっとマカオに潜伏していたと思われるのでフォー・ホースメンお迎えに行くためだけに飛行機往復した可能性があるのですが、馬鹿じゃないの…?多分オクタ社のプレゼンには顔が割れているのでそこに乗り込んでは行かないと思うのですよね。あそこでジャックの生存とディランの存在を暴露するのにカメラ大写しをするので、そこに万が一、同じく視認であるはずのウォルターが映ったらまずいことになる。だから彼は飛行機を降りていないか、もしくは降りたとしても長い間NYに滞在はしていないと思われる。

だからマカオからNY直行だとしても16時間かかる(本来はマカオの直行便はなく、香港の乗り継ぎでしか行けません。香港-NY間が片道約16時間弱)ので、あの4人(+1人)のために32時間も飛行機乗ってたことになるんですよ…馬鹿じゃないのかな…そりゃはしゃいであんな写真を撮るわ。というか皆寝てる中一人暇だから延々と遊んでるがな。スライドショー作る時間は腐るほどあったよね…音楽つけたりね…暇かよ…
自分のものを取り戻すのにお金があるんだから落札すればいいじゃないか、とジャックに言われたのに対して「落札?大金を積んで喜ばせるのか?」という言葉にケースに対するウォルターの激しい怒りを感じた。おちゃらけてきゃぴっとした悪役だったけど、あの瞬間の凄みだけは他とは全然違った。後でもちょくちょく凄みは出すんだけど、ここの真顔は本当怖い。

しかしその直後に言うこと聞かないと殺しちゃうぞ☆となんとも軽い口調で言うの最高!ああいう悪役大好きなんですよね。
続けて「マカオの警察・マスコミ・政治家は全部僕の支配下だから」ってもうマカオの闇の王じゃないですか!一国の王じゃん!自分が死んでいることにより、最強の匿名性を手に入れたんですよねウォルターは。だから影の支配者となってマカオも牛耳れた。本当はその辺で満足しておきなよ!でも一度会社で世界を支配できるようなチップを創り出したのだから、もうこの程度の規模じゃ済まないわけですよね。特別行政区一つでこの程度の規模って言うのもどうかと思いますが…この話はとにかく世界の規模が大きいからね!

 

しかし「じゃあよろしく☆」とホースメンに無理難題頼んだ後はしばらく出てこなくて、たまに上から見下ろしてるだけだからあれー物足りないなー!?という気持ちが…正直…もう少し出てきてもいいのよ…
でもダニエルを罠にハメて現れた時のハローハローとか、一々無邪気で可愛いんですよ…こういうタイプの悪役大好きなので本当に嬉しかった。
自分では戦わないんだろうなとは思っていたし実際ずっと部下に指示していただけだったのですが、まさかラファロに一発食らわせるとは思わなかった。止めは自分で刺す!背後から瓶で殴ってただけだけど。
そういやこの市場で戦うシーン、現れた人間が実はガラスに映った姿だった!というトリック、最近シャーロックやヴィクター・フランケンシュタインでも見かけました。流行りかな?

その後の展開で、ウォルターがただ単にフォー・ホースメンを目につけていたのではないことが発覚。彼の父親が前作フォー・ホースメンのパトロンであり、裏切られた大富豪アーサー・トレスラーだったのです。ここからウォルターは自分の私利私欲のための復讐だけでなく、父親が受けた屈辱の復讐を同時に果たそうとしていることが分かります。アーサーは保険会社を経営していますが、保険が下りるはずの人たちにお金を払わなかった悪人です。今回もその悪役っぷりは健在。
ウォルターが「僕は父と強い絆で結ばれている」と言い出した後にアーサーが「私の息子だ。非嫡出子だが出来がいい唯一の子」と言い出してびっくりしました。だから苗字が違うのですね。メイブリーは母親の姓なんだろうな。
ちなみにアーサーにはなんと嫡出子が7人もいるとのこと。子沢山!その割にこの親子仲睦まじいな…ちなみにウォルターは「Dad」呼びしていました。かんわいい!

その後のディランを金庫に沈めるシーンは最高に悪役でした。顔近づけての演説良かった…!君と僕は父親に執着している点が似ている、と言いながら父親との一番辛い思い出を的確にえぐってきます。ラファロにそんな酷いことするのやめてよお!と思う一方もっとやって!悪役っぷり発揮して最高!という気持ちに引き裂かれてながら観ていました。
金庫を沈めるタイミングを父親に譲るのも、ウォルターがアーサーを尊重しているのがよく分かります。作戦成功した後に二人で紅茶を飲んでいるのが英国人のテンプレートのようで笑ってしまった。
しかしここからがフォー・ホースメンの頑張りどころ。逆にウォルターは追いつめられていきます。フォー・ホースメンがこれから「死人をよみがえらせる」、つまりウォルターの生存を暴露する、の動画がインターネットに流出して以降は、余裕がまったくなくなっていきます。ちなみにあの動画見るシーンでも裸足でした。基本室内では裸足なんですね。日本においでよ。

後半の目がうるうるるんなところとかもうたまらなくて仕方なかった。顔色もどんどんけそけそしていくし、落ち着きがどんどんなくなっていって、ひたすら首の後ろをかいたりしている。
また、アーサーも同じく余裕がなくなっていくので、ウォルターへの態度がどんどん冷たくなっていくんですよね。

最後の高級なシャンパンをアーサーとかんぱーい!してからの「これこんな味したっけ?」は見事に罠にかかってて可愛かったです。そんな高級な飲み物飲んでたのか…まあ当たり前か…
結局彼はフォー・ホースメンに見事騙されてしまいました。一度はフォー・ホースメンを完全に殺したと思ったものの、それ自体が彼らのマジックの一部でした。一番恐れていた、「実は生きている」ということもバラされ、父親に警察に捕まってしまいます。
こうして映画はハッピーエンドで終わるのでした。

 

引っかかったこと 

全体的に悪役としては素晴らしく良かったのですが、いかんせんもうほんの少しでいいから出演量が多くても良かったかな。後半ちょっと尻すぼみ感あった…
そして予告で散々「マジックvs科学」みたいな煽りをしていた割にはその対比がうまく描かれていなかったかなと思いました。トランプをリレーしていくようなシーンは彼らの手先の技術と仕込みの力あってこそ!と思いましたが、フォー・ホースメンのマジックだって、テクノロジーや機材に頼ってる面は大いにあるんですよね。それはウォルターもフォー・ホースメンもあまり変わりがないように思えました。そうするならもっとウォルター側がマジックをやっている傍からガンガン種明かしをしたりとか、もっと科学的なアプローチをすればよかったのにと思います。
あれだとただ頭が良いらしいけれど、権力とテクノロジーを持ったただの男に見えてしまう。
中盤でウォルターの台詞「Science beats magic.」も、それはただダニエル・ラドクリフに言わせたいだけですよね?という感じがあった。

 

 ウォルターの人生について

しかし彼の人生を考えるとなんというか泣けてきて仕方ない。
会社の相棒には精神不安定と指摘され遠ざけられ、にっちもさっちもいかなくなってしまったので死んだことにして自分は匿名=表には決して明かされない存在として生きていくことを決めたのは悪役の浪漫のようでもありながら、なんだか切なさを覚えてしまいました。
一番つらかったのは最後のアーサーとのやりとりです。捕まっても尚「父さん、僕が何とかするよ」と悪あがきをしつつ父を支えようとするウォルターに対して、今まであれだけ「親というものは子供の欲しいものは手に入れてやりたい」だの「できの良い息子」だのと言っておきながら、自分にとって使えないことが分かるや否や 「父親と呼ぶな。母親なんて誰だか分からん」と言い出すんですよアーサーは。 ウォルターと一緒に呆然としたよね… 最後この台詞の後に「What?」とウォルターが聞き返すんですが、字幕では訳されていませんでした。
今まで自分のためでもあったけど、何より父親のために頑張ってきた筈なのにこの仕打ち…

きっと父親とはずっと仲睦まじかったわけではなくて、ずっと なんとか自分を目に留めて欲しかったからなのか 、頑張って自分の力でエンジニアとして努力していた所に前作の事件が起こり、この機会にと他の子たちにはない才能や努力を提示してやっとあの場所に立てたのかな、と思う。
会社作ったりしたのも、全部父親に認められたくて必死だったからなんだろな…
最初の登場シーンで白スーツなのも、父親の格好を意識しているのかな。前作でもアーサーの初登場や、公の場では白スーツなんだよね。でもアーサーが白スーツを着ている時は、ウォルターはおそろいは着ない。多分、着れない。
終盤、フォー・ホースメンからチップを手に入れ起動する時に、入れたキーワードが「DAD」なんですよね。あれも泣けてくる。

そして明らかにウォルターが命名しただろうキーワードから推察するに、会社は一緒に立ち上げたけれど、あのチップを作ったのはほとんどウォルターだったんじゃないかなと思いました。
また、ウォルターが立ち上げた会社がocta社で、新商品がocta8という製品だったのだけれど、ウォルターって多分8番目の子供じゃないですか。 というのも、アーサーと(演じる俳優マイケル・ケインとも)の年齢差を考えると7人の嫡出子の後の最後の子供かなと。そしてoctaには8の意味があります。彼にとって、8は多分自分の数字なんですよ。
だから会社も新商品も、自分の分身だったわけです。それを横取りされていたら、そりゃあまず復讐に燃えるわけだよ。

この辺に私はすごくブレイキング・バッドを感じていました。(私は何かとすぐブレイキング・バッドの雰囲気を感じ取るので気のせいと思って読み飛ばしてくださって結構です)
名前が「ウォルター」なのは勿論だけれど、理不尽な状況に追い詰められて友人と作った会社を自分だけやめされられるところ。幸いにしてこちらのウォルターが貧困にあえぐことはなかったけれど。
だから彼はマカオで孤独な王様のままでいれば良かったのに…とも思わなくもないのですが、一度死んだことにしてしまった以上、ずっと脅威にさらされ続けて行く羽目になるんですね。困難な人生を選ぶなあ。
誰か彼を幸せにしてあげてください…とりあえず父親は糞野郎だからさっさとファザコンやめなさいよ!
お友達が「実は生きていたラファロ父に弟子入りして擬似親子関係になり、ラファロを嫉妬させる」という案を出してくださったのでぜひともそちらを採用していただきたいです。3の製作は決定しています!ダンは出ないと思うけどやったね!

 

ダニエル・ラドクリフについて

彼自身に関して言えば、何故再びビッグバジェット映画のシリーズ、そして悪役を引き受けたのだろうとずっと思っていましたが、観てなんとなく分かったような気持ちになりました。
ウォルターという役は彼のキャリアに必要だった、というか、当時の興味がまさに<Privacy>であったのだな、と痛感しました。この世のすべての人のプライバシーを侵害するチップを作り出し、それを悪用しようとするキャラクターを演じたことは、彼にとってのプライバシーとは何ぞや?ということを我々に問いかけているような気がしています。
これの直後に舞台「Privacy」をやっていることが」まさに彼の興味を物語っている…プライバシーを脅かす側、脅かされる側をどちらも演じているんですよね。
それは幼い頃からずっとプライバシーを侵害されっぱなしで生きてきた彼ならではのアプローチに思えました。何故私は7~8月にNYで舞台を観に行けなかったのか、悔やむばかりです…

 

なんにせよ、初の悪役は大変良かったので、今回に限らず多くの役に挑戦して欲しいです。主人公のサポート役とか、ゴリッゴリの悪役も勿論。主役なのは嬉しいことこの上ないですけどね!
次に日本で公開されそうなのは何かあまり見当がつかないのですが、今はグランド・イリュージョン2がスクリーンで観られることを堪能しようと思います。
とりあえず4DXを満喫するつもりです。前作でも韓国ではやっていたけれど、日本ではまだ名古屋にしかなかった頃だったので。
こんなに公開規模が増えて本当に良かった。大ヒットしますように。

 

 

 

 

---以下妄言---

 

本当に誰かウォルターを幸せにしてやってよ…あの元相棒のCEOとは無理だよ…と思った結果、
獄中でハリー・オズボーンと出会ってドクター・オクトパスとしてインフィニティ・シックス加盟して黄昏の王国を築いて欲しいということしか浮かびませんでした。octaから派生してドクター・オクトパス。科学者だしね。
生まれて初めてクロスオーバーに走る人の気持ちが分かった。
撮られる予定だった映画の話をして泣いてたりはしてません。してないってば。

 

さよならなんて、言いたくない(アントン・イェルチンオールナイト)

 アントン・イェルチン追悼特集

本当のことを言うと、こんな日を迎えたくはなかった。 

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新文芸坐オールナイト「さよなら、アントン・イェルチン 君が行きた証」に行って来た。
約2ヶ月前に事故で亡くなったアントン27歳の。早過ぎる追悼上映だった。


彼のことは『スター・トレック(2009)』で知った。
ロシア訛りを話す天才的な頭脳を持ったメインクルー最年少、パヴェル・チェコフ少尉を演じていた。すごく柔和な雰囲気と知性を兼ね備え、フレッシュさを感じさせる青年と少年の中間のような人だったことを覚えている。
そこから何作か観ていて、どれも素敵な映画に出ている俳優だと思った。大作からアート作品まで幅広く出演しているようで、出演作をすべて観ている訳ではなかったけれどそれなりには追いかけていた。

突然としか言いようのなかった彼の訃報は、深夜に妹に叩き起こされて知った。
彼女は動揺して一人で抱えきれずに私を起こしたのだが、私は寝起きの頭では何を言われても頭に入ってこなかった。寝ぼけ眼でTwitterの画面をスクロールして、次々現れる断片的な情報を読んで、何を言っているのかさっぱり分からなかった。彼が陥った状況があまりにも不可解で、これは事故ではなく殺人の可能性があるのでは?と思っていた。というかそもそもガセではないのか?本当の事って何処にあるの?

スター・トレックの新作のプレミアツアーが始まる直前の話だった。
これからのプレミアは?チェコフ抜きでやるの?そんなことってある?
全然信じられないまま眠りについた。起きたら寝ぼけてたんだよって言って欲しかった。

 

起きても全然現実は変わらなかった。
相変わらず信じられない、という言葉が飛び交う中で、彼が車の事故で亡くなったという事実はそのままだった。
これからどうしたらいいのか分からなかった。
ただ、スター・トレック/ビヨンドを観るのが、ものすごく怖くなった。
あれだけ公開が遅れたことに怒っていたのに、7月にすぐ観なくちゃいけないと思うと、全然心の準備が出来ないと思った。

 

そんな時に決まったのがこの企画だった。
すぐに行こうと決めた。オッド・トーマス以外は未見だった。
スクリーンでアントンの作品を観れる機会は、これからずっと少なくなっていく。
今待機作がそれこそスタトレがあるけれど、彼を観れる機会があるなら、出来るだけ多く行くべきだ。
3年前、ポール・ウォーカーが亡くなった時も同じことを思った(彼が亡くなってからもう2年半も経っている!これだって信じられない!)

そうして13日の夜、新文芸坐に久々に来た。

 

映画あらすじ&感想(ネタバレあり)

『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』

唯一鑑賞済みだったのだけれど、今回これを観るのが一番怖くて仕方なかった。

この作品は「死者が見える」ちょっと変わった青年が、自分の街と恋人を守るために奮闘する話だから。
オッドは悪霊には立ち向かっていき、殺された人には優しく寄り添ったりする。
最初にアントンの姿が見えて声が聞こえただけでもう駄目だった。ぼろぼろ泣いていた。
これまで意識的に彼の姿をあまり観ないようにしていた。
観たら、否応がでも彼のことを考えてしまうから。
畳み掛けるようにして、序盤から殺された12歳の女の子に対してオッドは言う。

「心配ないよ。君がこれから行くのは魂の家で、優しさと驚きがあふれている所だ。
 かわいそうに、短い人生だったね」

この台詞は、まさにアントンに言い聞かせるように聞こえてしまって、駄目だった。声を出さないようにして、わんわん泣いてしまった。

話自体はとてもスリリングで、溢れる謎や襲ってくるかいいから軽快にオッドが逃げていくので、とにかく楽しい。
悪霊などが出てくるシーンなどは、割とホラー要素もある。
南カリフォルニアの砂漠がすぐ近くにある小さな町で、オッドは何かとてつもない殺戮が起こる前兆を感じる。
そして本当に起こり始めるおかしなことを照らし合わせながら、オッドは自分の能力を使い殺戮を防ごうとする。
登場人物が皆魅力的なので、彼らの掛け合いがたまらなくおかしい。
特にオッドの恋人のストーミーが最高だ。幼なじみでオッドの能力を知っていても、彼と常に共にいる。
強くて格好良くて優しくて素敵な人だ。このカップルがとてもとても好きで、ベストカップル賞を上げたくなる。
そして、オッドを信頼する警察署の署長がウィレム・デフォーという安心感。
ラストもやっぱり泣けるんだけど、爽やかに終わる快作。
監督が『ハムナプトラ』シリーズや『G.I.ジョー』を撮ったスティーヴン・ソマーズなので、安心して観られる。
Huluで配信しているので、加入している方はこの機会に是非。
ちなみにまさに8月14日から15日にかけての映画なので、今週に見るといいかもしれません。


『ゾンビ・ガール』

B級ゾンビコメディ映画!
これが今回思いがけずに素晴らしく面白かった。
オカルトマニアのマックス(アントン)は菜食主義者の彼女と付き合っているけれど、どこか自分とは合わないと思って別れを決意。
しかしその矢先に彼女が事故で死んでしまう。
失意の底にいたが、新しい恋を見つけた矢先になんと彼女がゾンビになって帰ってくる!?
もう死んでいるからこれなら永遠に一緒にいられる!と喜ぶ彼女にマックスはどうしたらいいのやら…
彼女と新しくいい雰囲気になる女の子の間で、奇妙な三角関係のようになってしまうマックス。
自分の意見を伝えようとするも、ゾンビになった彼女を怒らせると恐ろしいことになってしまう。
ゾンビあるあるネタ満載、でもそんなに怖くはないのでげらげら笑って観ていられる名作です。

 

ゾンビ・ガール [Blu-ray]

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『ラスト・リベンジ』

老練スパイニコラス・ケイジ、前頭側頭型認知症(FTD)と診断されCIAを離れるも、自分が生涯追いかけ続けた敵が遂に姿を表しそうになり、秘密裏に追いかけていく。
こちらはアントン主演作ではなくニコラス・ケイジ。アントンは色々覚束なくなっている主人公エヴァンをサポートし、内緒で協力してくれるCIA職員ミルトンの役でした。
いいバディもののようでもあり、父親を介護する息子のようでもあった。
というのもミルトンはかつてCIAの任務で、本部に見放されるような失敗をしてしまった時に、エヴァンだけが彼を見捨てずに祖国へ返してくれたという恩があったのです。
ずっとエヴァンが追っていた敵の事も知っており、彼のために甲斐甲斐しく世話を焼き、サポートに徹します。
これも大変面白かったです。ニコラス・ウィンディング・レフンが製作総指揮だったのでどんなもんじゃろと思ってたんですが、カーチェイスバイオレンスも良かった!
スパイが認知症になったら…という設定がとにかく面白かった上に、一本の話がしっかりと進んでいって、良かったです。

ラスト・リベンジ [Blu-ray]

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『君が生きた証』

今回のオールナイト特集のタイトルにもなっていたこの作品。
息子を亡くした父親が、彼の代わりに歌を歌うらしい、という薄ぼんやりなことしか知らずに観ていたら、予想もしない展開に呆然とした。途中からどうなるのかも全然分からなくなった。
まさに原題の『RUDDERLESS(舵のない船)』の気分を味わう。
アントンは主人公サムの歌を聞いて惚れ込み、一緒に歌おう!と持ちかけるバンドマン、クェンティンを演じている。
普段姿勢のいいアントンがこの役ではものすごい猫背で、クェンティンの自信のなさが漂う演技がすごいと月並なことを思った。
ぐいぐい来てはおしゃべりがやめられない、でも礼儀正しい面も持ちあわせており、人を寄せ付けなかったサムも、段々心を開いていきます。
初めて二人が歌った瞬間は「アントンはバンド活動もしてたんだよな…」と思ってからまた泣きっぱなしになる。
ライブシーンがとにかく楽しそうで、だからこそ余計に涙が止まらなかった。
この映画の最初にかかるのが「ASSHOLE(馬鹿野郎)」という曲で、行きずりの彼女と別れてごめんねバカで、みたいな歌なんですけど、最初の歌詞が

「さあ、別れの時が来た
 忘れられない最後にしよう
 君と別れるのはいつだって楽しい」

全然楽しくないよ、どうしよう、この映画が終わったらサヨナラを言わなきゃいけない、と考えてしまって入り込めるのかどうか不安になるくらいだった。
けれどこの映画は気づいたら息をするのも忘れるくらいにのめり込んで、衝撃を受けて、楽しくて、ぐっと胸に詰まった。
本当に良かったなんて言葉では言い表わせない傑作。この作品を音響の良い新文芸坐で観れたことが、奇跡のように感じた。
エンドロールでもアントンの歌声が聴こえてきたら、もうそこからは泣いて泣いて仕方なかった。
終わってから、監督がバーのマスター役を演じていた俳優 ウィリアム・H・メイシーで、彼のデビュー作だと知った。
凄まじい人だと思う…こういう形でもっと作品を撮って欲しいし、演じて欲しい…

 

君が生きた証 [DVD]

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DVDしか日本で発売されていないのが、信じられない。

 

 


場内が明るくなっても、暫く立てなかった。
終わってみて、オールナイト上映で初めて一睡もしなかったことに気がついた。
4本くらいあると大抵1本は観たことがあって、それでだいたいうとうとしたりしてしまうのだけれど、この日は全く無かった。
オッド・トーマス以外は初見だったからすごく心配したんだけど、とてもきちんと観れていた。
あと全然関係ないですが、隣に座っている方がとんでもなくいい香りがしていて、鑑賞中とても良い気持ちで鑑賞できていた。オールナイトで映画観る時は、常に隣に座っていて欲しいと思うくらいいい匂いだった。最高。

 

改めて記すけれど、アントン・イェルチン、作品の選眼がありとあらゆる俳優の中でトップクラスだと思う。
面白い脚本を見つけ、自分のことをきちんと理解していて、最も魅力を引き出せる役を選んでいる。
出演している作品、今まで観た中でつまらなかった作品が一本もない。これってすごい才能だ。
まだ観れていない彼の作品を、全部観終わってしまうのは勿体無いと思ってしまうので、家でBlu-rayとかで観るならゆっくりと観ていきたい。
ショーン・パトリック・フラナリーと共演作『約束の馬(原題:Broken horses)』が、気づいたら配信スルーになっていたのでこちらを観ようと思ったが、内容がなかなかに重そうで観るのに覚悟が入りそう。
この作品でもアントンは音楽家を目指していた。つくづく音楽が好きな人なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

ああでもやっぱり、『スター・トレック/ビヨンド』を観るのが怖い。
もっと怖いのは、ビヨンドの続編が作られるのが決定したこと。
彼の代役は立てない、とJ・J・エイブラムスが言っているのでそれはとても安心した。
けれど一方で、新しい作品が作られたら、どうしたって彼の不在を見つめなくてはいけないから。
わがままが叶うなら、スター・トレックのこのシリーズは、ビヨンドで終わりにして欲しい。
こんなこと書くのは酷いと思うし、もう続編は決定しているらしいのでどうしようもないけれど。

アントンの演じるチェコフがいるスター・トレックを、もっと、ずっと、観ていたかった。
去年レナード・ニモイが亡くなって、TOSのメンバーがどんどんいなくなってしまう…と思っていたばかりだったから。
だからAOSは、TOSに負けないくらい、映画だけでなくてなんならそれこそドラマに移行したりしてもいいな、3シーズンで終わらないくらい、長寿のシリーズになっていけばいいな、って、思っていたのに。
嫌だよアントン。本当は綺麗な発音が出来る君の、酷いロシア訛りを聴きたいよ。
もっと演じて欲しかったし、もっと歌って欲しかった。もっと生きていて欲しかった。
大好きだよ。今までも、これからも。
今はまだ、さよならは言わない。そんな言葉、言いたくない。

 

「選挙」で思い浮かぶあれやこれや

参議院選挙に行って来ました。
期日前投票をしている人たちが多くて、なんでだろうと思ってたんですけど、あれだね、せっかくの休日を選挙で潰さないためだね…
期日前投票しとけば今日夕方から遊べたのになあ、早い内に忘れる前に投票行っとくべきだった、と痛感。
学校を出てすぐ目の前の家が、クリームイエロー、空色、ハロウィンオレンジ、と三軒並んで壁を新しく塗り替えていた。なんだか背筋が伸びたので、そのままブログを書いてみた。

 

 

投票用紙のユポ紙が話題になっていたけれど、私がこの言葉を初めて知ったのはトミヤマユキコさんからだったと思う。大学時代の話だ。それを聞いた時はまだ選挙権を持っていなかった頃だったので、へえ~そんな紙があるんだーと聞いていた。
トミヤマさんといえば、今こんな連載をしていたので紹介しておく。

まだちょっと遠いけど、刺さることが多々あった連載。

私は親の子宮にファッションセンスを落としたまま生まれてきたので、こういうのすごく共感してしまう。
実際に着ているのを見た服があると、なんだかドキッとしてしまう。

 

 

 

紙、といえばもう一つ。
毎回投票に行くと投票証明書をもらって帰るのだけれど、私の行く投票所ではいつもレザック紙に印刷された証明書が渡される。色は毎回違う。
これをもらうきっかけは、投票証明書を持って行くと飲食店などでサービスを受けられるから、という記事を新聞で読んだからなのだけれど、結局一度もサービスを受けたことがない。
ただ、ちゃんと毎回行ってるな、という確認のために、映画のチケットと同じように、その日付の手帳に貼り付けている。映画も投票も日常だ。

 

 

投票を済ませる帰り道、いつも私の頭のなかではモーニング娘。の「ザ☆ピ~ス!」が流れていく。
ハマっていた人ならすぐにピンと来るとは思うのだけれど「選挙の日ってうちじゃなぜか 投票行って外食するんだ」というフレーズがあるからです。明るく楽しい女の子たちが歌っている曲の中で、そのフレーズだけが妙に異様なようでいて、それが日常であるという馴染み深さに斬新さを覚えていたような気がする。
今歌詞を見返してみると、視点がマクロとミクロを繰り返しながら、女の子が日常を愛して生きていくようなイメージを持った。
でもしょっぱなから「YO~ほら行こうぜ!そうだみんな行こうぜ!」なので、やっぱり投票に行こう!という催促ソングなのかもしれない。政治的な一面があるようなないようなこの歌を、私は未だに歌える。


探したら公式がMVをアップロードしていたので、こちらも載せておきます。
うわー懐かしいメンバーしかいなーい!今のメンバーはほとんど分からないけど、新曲の「泡沫サタデーナイト!」はつんく作詞作曲じゃないのにすごく懐かしいこの時代のモー娘。感があって好き。
ちなみに選挙の日、ここ何回かはいつも外食してない。
今日の夕飯は餃子と鯖のみりん干しだった。最高にビールが合う食事だった。

 

選挙だと小学校や中学校に合法的に入れる!という言葉をネットで見かけたりするけれど、そんなに普段入るタイミングがないのだろうか、といつも不思議に思ってしまう。
というのも、区民のために開かれた、学校の図書室とは別の図書室が投票所である母校にあるからなのだった。
その気になれば週一で通うことが出来る。
中学時代、この図書室と学校の図書室にすごくお世話になった。私が読んだ児童文学の大半はこの二つの図書室にある蔵書たちだ。
ここは子供向けの児童文学と、大人向けのベストセラーでほぼ埋まっている。区民の交流や読書推進のためにある小さな図書室なので、そういうラインナップなのは納得している。というか、大変ありがたい。普通に区の図書館で借りようと思うと延々と待つことになるので。もうあっさり買った方がいいとも思うのだけれど。
そしてこの図書室には未だにお世話になっている。
三浦しをんのデビュー作があってうっかり借りてしまったら、大学時代のまんまの私がいて(家庭内事情は流石に違うけれど、姉という点も同じだ)、現状とも重ねてものすごくえぐられた。
三浦しをんの本は読むたびにどこかしらが懐かしくて自分の見たくない部分を否応がにも突きつけられて辛い思いをするのだけれど、読むのをやめられない。
しかしこのデビュー作を書いた当時の三浦しをんと、自分が今同じ年齢と気づいて軽く絶望した。
どうなりたいんだよ、私…大人にすらなりきれていない…

 

都内最大級IMAXスクリーンを体験!(T・JOY品川PRINCEシネマ行って来ました)

https://www.instagram.com/p/BHRnGHgBRxC/


我慢出来ずに行ってきちゃいました。
かつて都内に存在したと言う品川IMAXの復活と聞いて、しかも上映されるのが大好きな『インセプション』とくればもう行くしかなかったんですけどね。

 

駅前の品川プリンスの映画館って、普段使う映画館としては今まで完全スルーを決め込んでいた。唯一行ったことがあったのは『ワン・チャンス!』のプレミアのみである。
品川駅高輪口(たかなわぐち)を出て目の前にWingの中を突っ切って坂を登るともうそこは映画館である。ここまで信号に引っかからなければ5分で来れる。近い。交通の便は素晴らしい。
そこから映画館に入ってチケット発券すると、発券した場所から左側のエスカレーターを登る。
IMAXシアターは他の映画館とは違い、アネックスタワーの6階にある。途中でコンセッションもなかった気がするので、何か飲んだり食べたい人は買ってからエスカレーターを上った方が良いです。
(※コンセッション、IMAX内にもありますと指摘受けました。ありがとうございます。わざわざ3階で買わなくて良かった)

ここから完全に隔離されていく気分を味わいながらようやくシアターに辿り着く。細長い、片側一面がガラス張りの廊下とか歩く。ここまでがちょっと長いので、時間には余裕を持って行った方がいいと思う。

シアターに入った瞬間、私達と後ろにいた男の人達が揃って「わあ~っ!」と感嘆の声を上げてしまったのが印象的でした。
それくらい大きかった。壁一面のスクリーンは、私たちに迫るようにしてそびえ立っていた。

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一番後ろまで行って撮ってみた写真。

ギリギリスクリーンが収まるか収まらないか、くらい。比較対象が映ってないから大きいかどうかが分からない…

 

大阪エキスポシティや成田HUMAXに比べると少し足りないが、ここは東京、しかも23区内である。旅行をしないと味わえないサイズだった。
しかもこの劇場のいい所は、傾斜がかなり急なので頭かぶりがまったくしない!これはストレス少ない!
上映が始まってから、発色が物足りないような気がしたんですが、それは黄色みがそんなにうまく出てなかったのかな―という感じがした。私の目の感覚なので他の人の意見も聞いて欲しい。というかもっとIMAX比較記事とか皆ガンガン書いてくれ。
あと音響も、立川シネマシティとかに慣らされてしまったためかもっと強くていいんですよ!という気持ちになる。

しかし久々に観た『インセプション』は、それはそれは素晴らしかった。
何階層にも下りていく夢の世界はたまらなかったです。
前から3列目で観たのですが、ギリギリ収まるかどうかというくらいの感じだった。幸せ。
というか今回かなり客入りが良かったのだけど、インセプションだったからなのか、品川復活おめでとう記念だったのかは、ちょっとよくわからない所だった。前としまえんでリバイバル祭りやってた時ってかなり人少なかったイメージだけど。
あれのお陰で私はアバターを劇場で観ることが出来た。本当に素晴らしい体験だったありがとうございます。最近足伸ばしてなくてごめんね(片道2時間…)

 

とか思っていたら、やっぱり新作でも味わいたいと思って、2日連続で来てしまいました。

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こちらがシアターの入り口。

動線はそこまでよくないけれど、観終わった後の出口が入り口とは違う所から出されたので、休日の混雑には多少緩和され…?


観て来たのは『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』
前作が映画3D初体験という作品だったのですが、その時とにかく画面が暗くて暗くて、しかも3Dの要素がろくに感じられないという散々な体験をしました。話も面白くなかったし…
しかし今回IMAXなら、ティム・バートン製作のあの毒々しいまでの色彩を味わえるのではなかろうか、という気持ちと、アラン・リックマンの声が聴きたい気持ちから観に行きました。

 

結果、大正解。

色彩最高!ビューティフォー!もう本当良かったよ!
映画も予想していたよりずっと面白かった!情緒不安定だったのもあってじゃびじゃび泣いてしまった…
黄色みよりも青の発色がいい映画館でした。サシャ・バロン・コーエンの青い瞳がバチバチと明滅するのが大変美しくて良かった。あの人あんなにかわいかったっけ?と思うくらいかわいかった…

 

都内の行きやすい所にこんなIMAXが復活してくれて、嬉しい限り。
普段は川崎使ってたけどひと駅分足を伸ばしても問題ない、というか伸ばさないと勿体無い、という気持ち。
私的には新宿IMAXがまっっったく合わないため(ゴーストが酷い、頭かぶりする、音響はいいと思う)都内ならここだな。
作品被ってたなら品川選びます。違う作品やってたら使い分ける。
ただ、関東で一番いいIMAX劇場は何処ですか?と聞かれたら、成田と即答します。通える場所じゃないけど。流石に片道約3時間もかかる場所にはそうそう行けない…
ちなみに好きなIMAX劇場は都内なら品川、としまえん、木場、神奈川なら川崎、湘南かな。
ブルク13のIMAXはまだ未体験なので、そちらも行ってみたいところです。

 

体内で渦を巻く言葉たちは、内臓を千切る(THE POET SPEAKS感想)

https://www.instagram.com/p/BGOFWDHkKfx/

 

行って来て暫く経ってしまったのだけれど、どうしてもこれは書き記さなければならないと感じているので残しておく。断片的なメモはあったけれど、きちんと時系列に残しておきたくて。
 
 
『THE POET SPEAKS――ギンズバーグへのオマージュ』に行って来た。
私にとってギンズバーグと言えば『キル・ユア・ダーリン』なのだけれど、まさか彼に関するイベントが行われるなんて思っていなかったので即チケットを取った。
ギンズバーグ以外のことは、何も知らなかった。村上春樹柴田元幸が翻訳したと聞いて、なるほどとは思った(ギンズバーグの翻訳をしていた諏訪優は既に亡くなられている)
フィリップ・グラスはかろうじて名前を知っていて、パティ・スミスに至っては彼女のことを何一つ知らなかった。つくづく自分は無知だと思う。けれど、ギンズバーグのお陰で私はこの数年で様々なことを知ることが出来たし、今回はまさに私の人生では繋がらなかった二人の音楽家と出会わせてくれたのだと思う。ありがとう。
ちなみに私は2年前に『キル・ユア・ダーリン』という映画を観て以来、狂ったようにビート・ジェネレーションや関連する文化への興味に傾倒している。傾倒、というか、人生がちょっと傾いている。
 

そういう訳で出演者のことを全然知らなかったため、当日までどんなイベントになるのかすら想像がついていなかった。音楽に関するイベントなので、コンサートと思えばいいのか?という感じ。
いつも行くようなコンサートとは、当然だけどまったく雰囲気が違った。(普段は日本のロックバンドかポップスのミュージシャンのコンサートとかに行く。最後に行ったライブは父親の連れとして柴咲コウのコンサートに行った)
すみだトリフォニーホールには、モノクロでおしゃれな服を着た男女が集まっていた。年齢層はある程度高めな気がしたけれど、若い人も沢山いた。
三階の端の方の席だったけれど、スクリーンに大きくアレンの写真が映しだされていたので、特に困ることはなかった。
ただ、オペラグラスは持ってきた方が良かった。失敗。


最初に女性と男性が出てきたけれど、フィリップ・グラスパティ・スミスでは、ない、なあ…と思っていたら演奏と歌が始まった。
彼女はパティ・スミスの娘ジェシーだった。男性はテンジン・チョーギャルという方。
オープニング・アクトという概念をすっかり忘れていた。3曲ほどやって、彼女たちは退場。
 
 
そうしてここでパティ・スミスフィリップ・グラスが登場。
パティがフィリップと手を繋いで出てきたのが印象的だった。
パティが冒頭に「ギンズバーグは90歳、フィリップは80歳、私は70歳を迎えた。私はまだベイビーよね」
みたいなことを言っていたのが面白かった。皆6月生まれなのも、不思議な縁みたいな気持ちになる。
しかし70歳でベイビーなのだ。私なんぞまだ生まれてもないのかもしれない。
そして彼女はオバマ大統領が広島に訪問したことについて触れてから、フィリップのピアノをバックに、詩を朗読し始めた。
それに合わせて、それまでアレンが映っていたスクリーンが、詩の翻訳した字幕が映しだされた。
始まった途端、パティ・スミスの力強さがそのまま詩の強さになってこちらに伝わってきた。
「未来へのノート」の冒頭、目覚めよ、が繰り返されるのが本当に体内の細胞が割れて新しくなっていく感覚。
しかし次に読まれた圧倒的に「ウィチタ渦巻スートラ」が良かった。「おれは戦争の集結をここに宣言する!」という一文では途中にもかかわらず拍手が起こった。この詩はノートに書きつけられたものではなく、声で語られてレコーダーに焼き付けられていた。なので、読まれることによってはじめて威力を発揮していると思う。
パティの詩と、アレンの詩が交互に読まれているようだった。アレンの方は新潮*1で予習していたけれど、プログラムを買っていなかったのでパティの詩とは知らずに聞いていた。
 
パティは歌も歌っていた。
途中で歌詞を忘れて演奏だけになった時、「I'm sorry、歌詞忘れちゃったー」と手を広げてたのかわいかった。
何事もなく演奏が続いていくのもその場を楽しむようで。終わったら、私のマインドが飛んでいってしまったのよ、と何度も繰り返していた。
詩を読んでいる最中は、譜面台の上に置いた紙を読んだ端から床に捨てていったので、本人のお茶目な感じとギャップを感じた。
 
途中でフィリップ・グラスの独奏もあった。その間は、字幕が映っていたスクリーンが再びアレンの写真へと変わる。殆どが見たことあるものばかりだったけれど、彼のひんやりとした演奏と一緒に見ると、また趣が違っているような気がした。ちょっとしんみりしてしまう。
フィリップ・グラスを楽しむなら次の日の公演なんだろうなーって感じ。
 
またパティが帰ってきて、再びポエトリー・リーディングが始まる。
「ひまわりスートラ」の直前に映し出された写真が、アレン、ジャック、ビル、そしてルシアンという見慣れたものでうわあと泣きそうになってしまった…ひまわりはブレイクの話であることは知っているけれど、彼のヴィジョンが映し出されているような気がして、勝手にうるうるしていた。ルシアンがいなかったことにされていなかったことにも。

極めつけには、最後に吠えるの脚注読んで私は死んだ…予習していたなら分かっていたことなんだけれど、この時まで私はすっかり忘れていた。私はこの部分が一番好きなのです。
繰り返されるHoly!はこの世への祝福のようだった。それにしても「聖なるかなルシアン!」が大スクリーンに映し出されてパティ・スミスに読まれるとかさあ…ルシアンは良しとは思わないだろうけれど、貴方は確実にアレンの魂の核の一部だし、ビートの最初の音を鳴らしたのはまぎれもなく貴方なんだよ。と、勝手に思う。身勝手に。泣いてしまったよね。
吠える脚注、Holy New York Holy San Francisco...とアレンに関連する地名を挙げていく部分があるんだけどラストをTOKYO!にしてくれてそこでも沸いた。これよくある演出だけど嬉しいよね。客席から歓声が上がったし私も上げてしまった。
 
 
ものすごく濃密で、満足度の高いポエトリー・リーディングでした。行って良かった。
ギンズバーグが好きでよかった。初めてのポエトリー・リーディングが、アレンの詩で良かった。
彼のポエトリー・リーディングこそ体験してみたかったけど、それは私には叶わなかったので。Youtubeとか探せば聞けるけど。
しかし最後の曲、ピアノ弾いたのがパティの娘だったためフィリップ・グラスはギターの人の隣に行ってサビ以外は手拍子だけというある意味で世界で一番贅沢なステージだった。
 
 
パティはアレンを師と仰いでいて、亡くなる時も傍にいたと聞いて本当に好きだったんだなあ…と帰り道プログラムを読みながら、改めてかみしめていた。
彼女の詩はギンズバーグを想起させるような言葉の羅列、息継ぎまでのセンテンスの長さ、力強いメッセージ、とまさしく弟子の言葉であった。

 そのプログラムと新潮がこちら。
ギンズバーグの詩集と共に。
プログラム、黒い紙に黒い箔押しでタイトルが書かれていて、格好いいことこの上なかった。

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ステージに上がる時、おりる時、パティもフィリップもどちらも皆手を繋いでいたのが印象的だった。アレンを通して出会った人たちが、彼の亡き後も繋がっている、ということを象徴するかのように。しかし70歳80歳、と言ったけれど信じられないほど猛々しい生命力を感じた。日にちが経ってしまったが、彼のピアノの音と彼女の発した言葉は、まだ身体の中で渦巻いている。


 
 

*1:新潮1337号「アレン・ギンズバーグ、五篇の詩 村上春樹柴田元幸