熱に羽化されて

はとです。好きすぎてこじらせたうわ言です

「なんとかなる」では終われない(私と英語)

気づいたら傍にいた。
けれど、今のところ仲良くなれていない。


これが今の私と英語の距離感だ。
先月推しの舞台を観に海外旅行に出かけたが、内容をすべて理解している…とはとてもじゃないが言えない。日本語で書かれた戯曲を予習として読み、後は微かな英語を勉強した遺産をフル起動させて、今がどのシーンで何の台詞か推測して観ているだけだ。
それって勿体ないのでは、と言われればぐうの音も出ない。
そもそもしょっちゅう海外に行っていると思われているが、実際はそんなことないし、そして簡単な会話も正直ままならない。
それでも「なんとかなる」で今まで生きてきてしまった。


このなんとかなる、は私と英語の長きに渡る触れ合いの中で生まれてしまったものだ。
振り返ってみると、英会話教室はいくつか通っていたが、どれも違うスタイルだった。

一番最初は友達の家に来たネイティブの先生と遊んでいたことで、授業のようなことはしていなかった。
親たちが英会話教室を自主的に開いていて、子どもたちはそのついでだったようだ。
その先生が引っ越すだかで来なくなってしまった。
しかし折角英語に触れたのだから、と家から遠いフィジー人の先生が開く英会話教室に通い始めた。
小学生になるかならないかで、この頃も何をしていたかあまり覚えていない。挨拶、挨拶、挨拶くらい。
あっ急に思い出したんだがI'm fineって毎週言ってたけど他のレパートリーなんざろくに習わなかったぞ。I'm fine or tiredの二択だった。

この時、教室の中では本名ではなくてEnglish Nameで名乗り、その名前で呼ばれていた。恐らくキャサリンだったと思う。あまり好きじゃなかったが、SIX THE MUSICALを体験した今、とても好きな名前になった*1。約20年越しの和解である。


引っ越してからはYMCAに通い始めた。ネイティブの先生と日本人の先生の二人から習うようになっていたけれど、これがあんまりよくなかったと思う。特にネイティブの先生が行う授業でだ。
当然ながら、授業に日本語は使わない。何人かの子たちと一緒に受けていたけれど、私はとっくに理解していることを何度も何度も繰り返しているので暇だなあと思ってばかりだった。
中には返事に詰まったり何も喋らない子がいる。答えるまでに物凄くヒントをもらい、ほぼ先生が答えになるような例文を言うとそれをやっと復唱するレベルの子が一緒にいた。その時間や沈黙が嫌いで仕方なかった。逆の立場になることを考えてない子供の残酷さである。
そういう子もまた親に通わされているだけだったりするので、どんどん英語が嫌いになるだけだろうなと思っていた。

また、小学生の時点で英語しか通じない環境に身を突っ込まれた結果「辞書とボディランゲージがあれば生きていける」という間違った悟りを開いてしまった。今だから言えるが、それは悟りではない。


そんな訳で中学生の時には他の子とのレベルが顕著だったので、あまりにも身に着けられることがなさすぎて、初めてやめたいと言った。その主張は受け入れられた。YMCA側が中学生レベルの授業に対応できていないのもあった。
ただ、辞めるまでの投資のお陰で、中学校まで英語は得意だった。何もしなくても中二くらいまでは余裕でテストで高得点が取れた。
しかも、中2で受験の内申に有利になるからと英検準2級を受けたら受かってしまった。
いやー英語できちゃうなーって思ってた。
受験前には詰め込みで英語や他の教科を勉強して、希望の高校に受かった。


しかし、高校に入ってからは下落の一途を辿る。中学の遺産だけでやっていける筈もなかったり授業は全然分からなくなり、成績は落ちに落ち、英語に触れる機会は激減した。
なんとか大学は受かったものの、必修の英語があまりに緩くて参加者も少なく、私はその中でも受けている方ではあったが、殆ど出席で点数を稼いでいたようなものだった。


大学に入ってから行動範囲がぐんと広がり、それに伴って映画、特に洋画を観るようになった。
しかしここで英語もう少し勉強しよう!となれば良かったけれど、そうはならなかった。
映画や配信を沢山観ても、新しく覚える単語といえば、日常で使いこなせないような固有名詞か、スラングか、ドラァグクイーン用語のどれかだった。(Tesseract*2なんてアベンジャーズの話以外でいつ使うタイミングあります?)
ぼんやり単語は聞き取れる。が、具体的に何言ってるかは正確には分からない。
その結果、映像と聞き取れた単語で推測するのだけは異常に得意になってしまった。
そして今に至る。


いや、至る前に何度も勉強しようと取り組んだことはあった。
受験勉強の時に使ったDUO3.0を一周してみようとか(こういう単語帳を一周出来たことがない)、English Grammar in Useを買ってみたりとか(ほぼ開いてませんね?)、友達と短い記事を精読し合おうとか(これはいつか復活させたいと思ってるんだけれど、教授陣の負担が大きいのでなんとかしたいところである)……しかしどれも長続きしなかった。
数年に一回行くか行かないかの旅行のためだけには勉強出来ない。出来なかった。


いや、しかし、いい加減にそろそろ、この状況を脱したい。
海外にちょっと旅行した先でなんとかなっているのは、相手の優しさと汲み取る力の高さに頼っているだけだ。
それは相手に迷惑をかけているし、自分の中に感じるもどかしさはこのままだと一生消えない。
言葉が詰まって何も出てこなくなる瞬間や、言いたいことはあってもうまく伝えられない気持ちの悪さは何度も体験している。
これは何か優しくされて嬉しかった、みたいなことから今の現状に怒っていること、自分が置かれている状況を説明出来るかどうかみたいなことまで多岐に渡る。
この気持ち悪さを解消する機会はいくらでもあったが、
もう少しだけ相手に伝えられることを増やしたい。
また、今の状況で情報へのアクセス出来る道具は多い方がいいと、毎日思い知らされている。
それは英語に限らず他の言語でもそうなのだが、私に一番近いのは英語だ。
好きな英語作品は数えきれないし、一番好きな俳優は英語を話す人だ。


ibara810.hatenablog.com


なのでこの記事を持って、英語にもっと取り組み、触れることを宣言します。
すぐ投げ出す性格なのはよーーーく分かっているので、記事にして上げることで後に引けない状況を作ってみる。
書いたこと、たまに反応をもらえるのだけど、「あれどうしたの?」と聞かれた時にまた止まっちゃって…と言わないように、努力していきたいと思います。
好きな人と滞りなく話したいし、目の前の相手が何を言ってるのか聞き取りたいし、突如として配信された海外の舞台を楽しく観たいし、刻々と変わっていく世界の情報をかき集めたいし、旅先で会った人と世間話がしたい!


なんだ、ちょっとこんなにやりたいことが沢山思いつくじゃん。
やらない選択肢なんてもうない!
なんとかなるだけはやめる!

と、自分を鼓舞して終わります。


とりあえず取り組みの一環としてトーキングマラソンもお試しで始めたので、こちらの使用感なども記事に出来たらいいな。



と、いう記事を書いてたら結構そんなこと言ってる場合ではない状況になってしまいました……
新型コロナウイルスに感染してしまった方々、また、これの影響を被った全ての方々へお見舞い申し上げます。私も影響を被った一人です。
この状況が早く落ち着くことを心から願っています。
というか、まじで、どうにかなってくれ……皆、まずは予防として手を洗おう。

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大好きなロンドンの劇場、The Old Vic theatre.
ロンドンで一番最初に閉鎖してしまった。公演中だったのに。
絶対また来るからね。


アルク #トーキングマラソン 特別お題キャンペーン「わたしと英語」

アルク「トーキングマラソン」×はてなブログ 特別お題キャンペーン
by アルク「トーキングマラソン」

*1:SIXには6人の王妃が登場するが、半分はキャサリンである。綴りはちょっと違う

*2:正八胞体。MCUシリーズで出てくる重要アイテムの名前です

OK, Keep on rolling!

もう一月が終わるんですって。衝撃。早くない?
とか言ってるとすぐ死んじゃうよって佐々木亮*1が言ってたのでもう少し日々を噛み締めて生きていきたい。


そんなわけで2020年も1/12が終わろうとしている。
2019年の買ってよかったものとかベスト舞台とか出そうかと思ってたけどそんな余裕もなく月日は容赦なく過ぎ去っていく。普段からまとめておけばいいのにね。しかし映画は現時点で既に無理そうな気配がしている。観ているのに感想書いたりするのが追いついていない。
アウトプット、もう少ししたい。
というわけでこいつを書いている。


今年の目標、Twitterにいくつか挙げていたので載せてみることにした。

HIROとタイマン

初っ端から何書いてるの感が凄いんですけどしたいんですよ。具体的にはLDHは男は格好良く見せられるので女ももっと格好良く見せろ!という話をしたい。どうでしょうか。急に言われても困ると思いますが結構切実に思っております。

映画の原作にちゃんと当たる

原作本の積読が激しいので…本だけじゃなくてもね、モデルになった人について調べてみるとか、きっかけになった事件を知るとかね。映画だけで完結しないようにしたい。どれくらいできるかな。月に1冊くらいは本読みたいと思いつつもう既にこれも達成が危うい。

長風呂をしない

だらだら風呂にずーっといるのが好きなんですが、結果として顔がどんどん乾燥することが分かったので顔が乾燥する前に出たい。しかし紙か携帯持ち込んで色々書くのがやめられない。

捨てる

部屋に物が多過ぎるので。もう少し減らせるだろうと。愛着のないものも多い気がするので、手放すことを恐れずに生きたい。普段の荷物とかも持ってないと不安ですんごく重たくなるんですが、流石にそろそろ使わないのに持ち歩くものの分量を減らしたい。減らせない物があることは分かっているので。

頑張れないことに対して頑張れそうと思うのをやめる

一番大事かもしれない。私は自分のキャパシティを見誤りがちなので、いける!と思ってパンクすることが多い。今もちょっとそんな感じなので、エンジン回転数を落としていきたい。ここぞという時に体力取っておかないとまずい…というか今が最高にまずい…今月詰め込み過ぎたなあと思うんですが、来月は倍以上の詰め込み方をしていて今から不安しかない。アドレナリンも多く出そうだけど消耗が激しそう。
よく考えなくてもライブ1本、舞台3本、オペラ1本(初!)、映画5本以上、って疲れるわ馬鹿か。正月休みと成人の日の三連休があったとは言え…代わりに何もない日は極力休んでみたりなどしたけど、難しいなー。体力をつけるのも休むのもしたいんだけどシャッキリしない感じのままリセット出来ないと引きずる。自分と相談しながらなんだけどブレーキ、私に必要なのはそうブレーキ。気を抜くとアクセル全開だから。



今月の色々まとめ、ハイライトでお送りします。
映画は日常過ぎてあんまりまとめる気にならない。


今年初ライブ。前述の佐々木亮介がいるバンド。格好良いのでもっと売れて欲しい。
久々に聞いたプシケ*2、ちょっと泣いちゃったよ。
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ライブで一番良かった曲が「Boy」だったんですが、公式が昔のライブ映像をYoutubeに上げてたから聞いてほしい。ギターが今のテツくんverではないんだけれども。あーアオキテツが加入して良かった、と毎回思ってる。


【a flood of circle】Boy (Live Ver.)【2012.04.15 Live at SHIBUYA-AX / LIVE DVDより】


人生初オペラはデスプラ先生の『サイレンス』。
指揮がずっと観えててそういう意味でも最高でした。
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今月私の魂を焦がしていたのはミュージカル『フランケンシュタイン』。
やっぱりこの時の加藤和樹が私も一緒に断頭台へ連れて行ったのだなと改めて感じた。
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まあ来月はアクセルフルスロットルみたいな感じなのでね、なんとか今年も生き抜いていきたいですね。

*1:後述するバンド「a flood of circle」のVo.

*2:音源未収録、メンバー紹介ソング

水面下の荒ぶり、風速不明

参った。降参だよ。もうこれを書くしかないじゃないか。


この記事は、#ぽっぽアドベント こと、「私が動かされたものアドベントカレンダーの25日目の記事です。



この一年は見えない所で激動だった。恐らく漏れ出ていたりぼちぼちつぶやいたりはしていたけれど、このことについてどこかでつまびらかに話したことはなかった。私は語るべきではないと思っていたから。資格がないのだと。けれど今、書いておいてもいいんじゃないかと思って25日もあと2時間とほんの少しで終わるのに、書いてたものを全部投げて今書き始めている。間に合うかは分からない。

……全然間に合いませんでした。ごめんね。



そのことを知ったのは、忘れもしない、普段一度もそんな話題にしたことない人のつぶやきだった。
ざわつくニュースが出るとすぐソースを確認しに行く。この何年もTwitterやっててついた数少ない喜ばしい癖だ。たまにすっ飛ばして忘れるんだけど毎回忘れずにいたい。
それで例に漏れず探して、恐らくどうやら本当らしい、ということが分かった。


2019年1月27日日曜日、櫻井翔の誕生日のすぐ後、嵐の活動休止発表。


まず心配したのは妹のことだった。私よりもよっぽど彼らのことを愛している。その時彼女は遊びに出かけていて、大丈夫かと連絡したら「駄目。帰る」とのことだった。迎えに行こうかと言ったが流石にそこまでは大丈夫、と言っていたので家で待っていた。母が「ねえ嵐、活動休止だって!?」と驚いたように言ったのも覚えている。
しかしこの日、自分が何をしたかはあんまり覚えていない。その日のTwitterを見たらル・ポールのドラァグレースを観ていた。呑気かよ。



元々、好きになったきっかけというほどのきっかけはなかった。
いつも妹の好きなもの、という印象だった。ある時から彼女がどハマりして「相葉くんがかわいいんだよ」という話を横でずっと聞き、面白いから観な!と嵐の宿題くんまごまご嵐を横でぼんやり観ていた。恐らく全国の、家族にファンがいる人にとってはあるあるな風景なんじゃないだろうか。家族に大好き!な人がいて、その影響でなんとなく彼らのことを観たり、気にしたりしている人。私もその内の一人だ。

私はアイドルにハマったことがない。男女問わず。好きか嫌いかで言えば好きな人もいることもある、でも熱狂的に追いかけたりはしなかった。恐らく最初に好きになったアイドルは世代ど真ん中のモーニング娘。だ。学校の行事でLOVEマシーンを踊った世代。で、流行った曲を何曲か、今も口ずさめるがそれだけ。それ以降は追っていない。フォロワーに好きだという人がいて、久々に聞いたくらいだ。泡沫サタデーナイト!良かったね。

初めて買ったCDはASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバム一気三枚買いだし、初めて自分が行った武道館はストレイテナーだ。今年初めて行ったライブは核P-MODELで、洋楽もトロイ・シヴァンとジャネール・モネイのライブに行ったくらいでちょろっと聞くが、未だに邦楽ロックと呼ばれるものを最も好んで聴くしライブに行くのが好き。今はSyrup16ga flood of circleを最優先している。今年一番聞いたアーティストはa flood of circleだったとSpotifyが教えてくれた。
そもそも音楽の趣味として、アイドルはかなり対象外だった。バンドのゴリゴリした音楽が好きなのだ。最近は韓国の女性グループを聞くことが増えたものの、表題曲ばかりでアルバム曲を聞いても全部愛せる自信はない。基本的に私のスタンスはバンドのサウンドを愛し始めるとアルバム曲全部通しで聞いて、打率8-9割くらいの好みになれば好きなミュージシャン入りする。なのてこの曲はピンポイントで好きだけど、他はそうでもない、みたいな人たちも数多く存在する。かなり好き嫌いの好みが激しい。ラップも好きなんだけれどなかなか好みに会う人がいない。そういう意味では最近のクリーンヒットはRAU DEFだった。格好いい。
他にも演技も声も好きなミュージカル俳優が音楽方面でも活動しているので曲を聞いてみたら全く好みと合わなくて撃沈したり、流行っているジャンルも聞いてみて曲がまったく合わなくてハマることがなかった。
一方でハイローにハマったのは曲が合っていたからだと思う。小学生の頃はJ-POPも沢山聞いていて、Avex発のアニソンをしこたま聞いていたので耳馴染みが良かったのだと思われる。しかし、ハイローの作中歌でも蓋を開けたら私が好きなのはつまるところVERBALでは?と思われるラインナップになる。


そう、VERBAL。
彼がいなければ、恐らく私はこんなに彼らの楽曲を聞いていない。


VERBALと言えばm-floで有名なミュージシャンかつDJかつMCであり、最近ではLDHの国際事業部のプロデューサーを務め、他にも様々な事業を手掛けている多彩な人物である。
そんな彼がまだデビューしてからそこまで日が経たない頃の櫻井翔に、「ラップやるなら自分で書かないの?」と言ったことが始まりである。
デビュー曲からラップパートがあり、櫻井が歌唱の担当をしていたが、その時は自分で作詞をしていなかった。しかしVERBALのそのアドバイスのお陰で櫻井は自ら作詞を始め、サクラップという名称が誕生し、このグループは曲中にラップ曲が増えていった。今でも歌番組では「作詞/作曲/RAP詞」と紹介され、RAP詞の欄は櫻井翔の名前がある。Thank you, VERBAL……
ドラマ『木更津キャッツアイ』のテーマソングも『a day in our life』というラップ曲で好きだった。今も好きだ。お陰でこのグループはなんとなく好ましい、くらいの気持ちだった。木更津も知ったきっかけは大塚英志の『物語の体操』という本からなのでかなり変則的な知り方をしている。当時出ている俳優は山口智充しか知らなかった。


そこからなんとなく、時間に余裕があったら見る、くらいの距離感だった。だが生来ドラマを禁じられた家に住んでいたため、超有名ドラマ『花より男子』をドンピシャ世代のくせに私は通っていない。『花より男子』は楽しくちょっと世界が広がった学生の象徴であった。話題に入れなかった苦い記憶と共に蘇ってくるものでもある。もし通っていたらもっと違うはまり方をしていたかもしれない。ちなみに『君はペット』も観たかったのに親に止められた記憶がある。そんなこんなで連ドラを観る下地がまったく育たないまま今に至るので薦められたドラマを全然観ていなくても許してほしい。
そこから妹が社会人になってから再燃、それに伴い私の彼らを目にする頻度がぐんと上がった。具体的に言うとテレビ番組は彼らの出演しているものが優先され、気を抜くと横から動画を見せてくる。5人のパーソナリティーのようなものは頭に入り、新曲のシングルはなんとなく分かるようになった。たまに観たり観なかったりしていた。何かの折に「このグループはね、優しいんだよ」と妹が言ったのを覚えている。たまたま大学の後輩が劇場版の『謎解きはディナーの後で』の完成披露試写会を当てて、一緒に見に行ったこともあった。
来年は20周年だねえ、と言いながらファンクラブに入り直した記憶がある。入り直した、というのは以前妹がのめり込んでハマっていた時に、とりあえず一緒に入ってみたが、更新手続きの面倒さに放置してそのまま退会扱いになっていたからだった。
そんな折に、活動休止の話が急に持ち上がってきた。


最初に考えたのは「ああ、やっと彼らは休めるのだな」と「これでもう加害者にならずに済むんだな」という非常にエゴイスティックな安堵だった。彼らを観ない日はない。番組やCMやドラマ、雑誌の表紙やラジオをやっているメンバーもいる。彼らがどれだけ働いているのか、労働な嫌いな私には正直想像もつかない。最初に報道にあった大野の休みたい、という話に、そりゃそうだと納得しかなかった。彼らがいない世界のことを、想像出来ていないというのもあったと思う。これは正直今もそうで、2021年以降どうなるのかは全く想像がついていない。
また近年、日本ではアイドルに対して酷い事件が起こり、日本やそれ以外でも様々な理由で亡くなってしまったアイドルのことが頭にあった。アイドルを好きでいるということは難しいと思った。人間を「消費」している、という問題に今も私は明確な答えを持ち合わせていないまま彼らを、アイドルを観ている。その眼差しが彼らをどれだけ削っているのか、正直分からない。この問題に対して私よりもずっと真面目に真摯に考え続けている人たちが周りにいたお陰で、無自覚でいないで済んだ、という程度だ。
こんなにも過酷な労働をしており、プライベートすら自由にならない彼らのことを、私含めた存在が際限なく求めることによって追い詰めていたというのなら、もうこれ以上彼らを消費することなく済むのだ、という安堵があった。本当に、エゴだと思う。


しかし、そこからの彼らは完璧と言っていいような情報コントロールを続け、活動休止に至った経緯も、今後の活動に関しても、出来る限り伝えていた。発表からすぐの記者会見は普段私が観ている彼らと変わらなかった。深刻な話題に対し真剣だが、ほがらかでさえあった。ここまでは見せる/見せないのコントロールを、こんなにもうまくやっている日本の芸能人は多くないと思う。望まれるものも求められるものも多い彼らだからこそ、応援し続けてくれる人、未来になってくれる人のことまで考えて、2020年12月31日までは活動することを宣言した。発表から約2年後に、休止は始まる。
なんて用意周到だと舌を巻いた。優しいだけで成り立ってるわけではないと分かっているが、それでも優しいと思う。残りの時間を応援してくれている人のため、そして事務所の後輩へ続けられる道を作ること注力を始めた彼らに茫然とするしかなかった。この発表までにも、散々長い時間をかけて悩んで話し合って出した休符を打つという結論に、こんなに完璧に事を進められるのか。
この事務所内に関わらず、別れはいつだって唐突で突然で、思いもよらないことが殆どな中、彼らはその結論までゆっくり歩を進めることを選んでくれたのだった。
私が好きな人の中には、もう本当に、二度と会えない人がいる。もうの年齢を私は越してしまった。そういう別れを経験した身にとって、彼らのやり方は優しかった。
しかし半分が過ぎて思うが、ゆっくりどころか爆速の勢いでこちらに様々なものをくれているので、それはそれで予想外でもある。
実は一度だけ国立競技場のコンサートに行ったことがあるのだけれど、もう一度行きたいと思った。休止報道から2日後にコンサートの申し込みがスタートした。絶対行きたかった。



コンサートの発表は3月だった。かなり待った、というより最早いつ申し込んだのか忘れていたのだが、妹から当たった連絡が入った。


「いつ?どこ?」
「札幌……平日……」


申し込みをする時、第一希望から第四希望まで選べるのだが、第四希望だけは枠がこれしかない。「いつでも・どこでも」。そして見事に第四希望が当たったのだった。
当たった瞬間に宿と飛行機のチケットを取った。とにかく取れないから決まった瞬間抑えとけと言われたことを覚えていた。
かなり先なのにちょっと絶望的な値段の選択肢しか出てこなくて、慄きながらチケットを取った。迷ってたらなくなる、と焦った記憶がある。飛行機だけで台湾だったら同じ泊数でホテルも飛行機も取れて遊べるだけ遊んでお釣りが来そうだな……と考えてしまいかなりめげたが、それでもほうたらかしていたら行くことさえ不可能な気がしたので泣く泣く取った。しかし楽しみだった。物心ついてから北海道に行ったことがなかったので、未知の場所へ行ける旅好きの気持ちも大きかった。


あっという間に11月になり、3日のデビュー記念日に更に様々な発表をした。以前からやればいいのに、と思っていたライブビューイングの決定が一番嬉しかった。全国520館、と言われて目眩がした。これは映画クラスタでないとぴんとこないかもしれないが、ディズニーの大作、例えばスター・ウォーズやアナ雪で、公開スクリーンはだいたい350スクリーンを超えるか越えないか、という規模である。たった一度しかやらないとは言え、500を超えているというのは普段観ている映画たちと比べるとやはり規模が断然大きい。私の愛する映画館でやってくれたらいいなと願っていた。
そして彼らはSNSを始めた。正直言うと、嬉しいが、そんなに見せて大丈夫なのか?という不安が少しある。隙間時間で撮影してるのは分かるが、どれだけ負担になっているか分からない。そんなに楽しんでやっているなら、それに越したことはないが。


そんな折に、これからの活動とは異なるルートからの発表が来た。
二宮和也の結婚報道である。
コンサート2日前のことだった。
SNSではかなり阿鼻叫喚といった様子だし、普段彼の話をしない人もつぶやいている人が多かった。政権がまた何かやらかしたり国会でむちゃくちゃな法案を通すためのめくらましなんじゃないの、と言ってる人もいた。正直私もそれに近いのではと思っていた。
お相手のことはなんとなく知っていたので、遂にか…長かったもんな…と思った。
その時の私のツイートがこれである。

めでたい!が先にきていた。非常に個人的な話題であるし、それこそ1人だけ脱退、とか、余命がいくばくかしかない、とか、もっと最低最悪なことに犯罪に手を貸していた、とかそういうことではなかったので、いやーめっちゃめでたいねおめでとう!というだけだった。もっと酷いことを言えば、正直どうでもよかった。だって私の人生にはあまり関係がないので…その選択をして彼が幸せならそれでいい。
もちろん、アイドルの結婚に対して辛い気持ちになってしまう人も少なからずいることを知っているが、そういう人たちを責めたりなんで祝ってあげられないの?みたいなことを言うつもりはまったくないし、思ってもいない。私は彼に対してそういう気持ちにならないけど、どうして…と驚いたり傷ついたりする人のことも知っている。本当にご自愛ください。誰ならびっくりして傷つくかなと思ったけど多分従姉妹とか妹とか友達しか浮かばなかった。なんでだろう。
ただ、正直心配な気持ちはあった。明後日に迫るコンサートで、彼らが、彼が嫌な思いをしなければそれでいいと思った。発表直後のコンサート、何があるのか分からない不安はあった。20周年が終わり、21年目一発目という記念の節にある公演だった。


札幌に着いて次の日の朝、東急ハンズで黄色い文字入りのうちわをつくってもらった。「おめでとう」とだけ書いたそのうちわを持ってコンサート会場に行った。数日前までうちわ作るなら何がいいだろうと悩んでいたのだが、「ご飯食べて」「元気でいてね」しか浮かばなかったのだが、伝えられるとしたらこれしかないと思った。何を、とは言わなくても黄色い文字で分かるだろう。20周年おめでとうという人も多かったし。そもそも、見れる距離にいるかわからないし。
コンサートの席は転売防止のためか、入場するその瞬間までわからない。事前に入場ゲートだけ教えてくれるのだが、札幌ドームに至っては、入り口が北か南か以外の情報は分からないのだった。
発券した瞬間、妹が凄まじく高い声を上げて飛び跳ねた。いい席だったんだな、と思ったら「アリーナだ!」と言う。そのままアリーナまで長い長い道のりをかけて札幌ドームの下の方へ進んでいった。細かい区分けもアリーナのゾーンへ行ってからじゃないと図がないので、更に確認する。もう一度高い声で妹が叫んだ。
結局、センターステージとバックステージの間の花道の外周、通路から3、4番目という恐ろしく近い席だった。私の席運の中でも歴代上位に食い込むのだが、当てたのは妹なので多分彼女の運だろう。


そこで観るコンサートは圧巻だった。演出は松本が務めており、そのまとめ方はすべてではないがかなり気にいるものだった。圧倒的な演出、歌、踊りが次から次へと手を替え品を替え繰り出されるのをすべて受け止めきれずにいた。知っていますか、人間の目は一対、二つしかないということを。もうどこを観たらいいのか分からないほどライブ好きなので沢山叫び沢山踊るのは慣れたものだったので、いかんなく発揮していたと思う。
ただ正直なところ、何が起こったのかあまりよく覚えていない。ぼたぼた泣いて泣いて泣いて泣きまくったことばかり覚えている。何かちょっとしたことで、懐かしい曲がかかったり、生歌の音や構成が、いちいち全部心の琴線に触れてはぐらぐらに私を揺さぶり続けていた。泣けてきて仕方なかった。正直こんなことになるなんて思ってもみなかった。彼らが5人揃っていることの奇跡を噛み締めていたのかもしれない。挨拶の時、嗚咽が口をついて出そうになって、そればっかりは抑えて泣いて、顔面が痛くて仕方なかった。でも悲しかったわけではない。彼らの覚悟に圧倒されているだけだ。悲しいとか寂しいとかよりももっと切なくて魂の根っこごとぐらぐら揺さぶられている衝撃に、涙腺が壊れていただけだ。


あと後ろの人が途中具合が悪くて座っていたことも強烈に印象に残っている。この人は「ニノ結婚おめでとう」といううちわを持っていて、始まる直前にそれを見つけて思わずサムズアップしたので気がかりだった。水を飲んでたら回復したようだったのでことなきを得たけれど、そうでなければスタッフを呼びに走ったかもしれないかと思うと、コンサートやライブやイベントはは万全の体調で行かなければならないなと決意を新たにした。
周囲の人は皆優しくて、楽しんでいたように思う。何事も私の知りうる範囲の中では起こらなかったので良かった、と終わってから思った。


コンサートだけでなく、真冬の寒さとなった北海道の旅行は大変楽しいものであった。フォロワーにいろんなことを教えてもらったお陰で満喫した。その節はありがとうございました。


帰ってきてから、ライブビューイングが当たり、しかも私の最も愛する映画館川崎チネチッタで観ることが出来た。ライブサウンドをやってるスクリーン12で!最高だった。ある程度冷静に観れた気がするが、挨拶でもう駄目だった。本音、という言葉を使いたくはないが、思わず出てきてしまったような大野の言葉が強烈だった。
そこで11月のこと、そして今年ずっと思っていたもやもやしていたことを全部吐き出そうと決めて今こうして書いている。


正直彼らを消費し続けることへの正解はまだ見えていない。Netflixのドキュメンタリーも怖くてまだ観ていないし…事務所のことは本当に嫌いだしもっと創設者の功罪の罪の部分にはマスコミも事務所もきちんと向き合うべきであると思うが。
ただ、これだけやりたいことをやれるようになった彼らが「ここまでは出す」と決めたことになら、残りの1年乗っかってもいいと思えた。その先は分からないけれど、現状は私のやり方で、彼らを愛そうと思う。恐ろしいほどにもらいすぎているから、返せるものなら返したい。5人が納得行くまで突っ走るのを、のろのろ見届けたいと思う。


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私がずっとコンサートで聞きたい、と思っていた曲で、目の前に二宮和也がいて踊ってくれて、ぶっ倒れるかと思った。担当、というほどでもないが、5人の中で誰か1人を挙げなさいと言われたら私のお気に入りはこの人だ。ハイトーンボイス、器用貧乏、バラエティにおける立ち回りのうまさ、そして恐ろしく演技の上手い人。結婚おめでとう、どうか幸せに。

楽しいの連打(アドベントカレンダー始めます)

この記事は、#ぽっぽアドベントこと、「私が動かされたものアドベントカレンダーの1日目の記事です。

 

先日こんなつぶやきをしました。

 

この記事書き始めた時は半数以上のご参加表明を頂いていたんですが、なんやかんやで増やしに増やしてカレンダー二つ使うことにしました。総勢49人*1でやりますカレンダー、既にめちゃくちゃ楽しみです。

タイトルの通り、アドベントカレンダー始めます。

 

 

そもそもアドベントカレンダーとは?

 

元々はクリスマスまであと何日かを数えるためのカレンダーのことです。

一日一つずつ窓を開けていき、全部空くとクリスマス!という12月だけの特別なカレンダーです。

開けた中にチョコレートなどのお菓子が入っているものもあり、カルディなんかで扱っているのを見かけます。

また、そこから発展して、毎日一つずつコスメが入ってるアドベントカレンダー形式のボックスがホリデーコフレとして発売されているのもご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

キリスト教徒の方にはもちろん、クリスマスまであと何日…をわくわくしながら過ごしたい人にもピッタリのカレンダーです。

 

それがこんなブログ記事などの形式のアドベントカレンダーが流行るようになったのは、元々海外のプログラマーさんたちが始めたのがきっかけだそう。

日本では、プログラミングなどの技術を嗜んでいる方々が集まって、お題を決めて毎日順番に今年のTipsなどの記事を書いていく…という技術系アドベントカレンダーと呼ばれるネット上のイベントを始めていきます。

そこから更に発展して、アドベントカレンダーを誰でも作れるサービスがいくつか現れ、使用方法も多岐に渡るようになりました。

詳しくは、私が使っているADVENTARというサービスの製作者さんたちのインタビュー記事を読むとよく分かります。これ面白いので一読おすすめです。

 

zine.qiita.com

 

私とアドベントカレンダー

 

リアルアドベントカレンダーは、カトリックの幼稚園に通っていた時にもらったような?家で何度かやったことがあります。ただ、この無精者、何日も忘れて慌てて数日分を開けてあまり好みじゃない味のチョコを頬張った記憶しかありません…

 

そしてインターネット上のアドベントカレンダーの存在を知ったのは2017年でした。

フォロワーさんが主催していたトールキンアドベントカレンダーの参加者を募っていたのがきっかけです。

adventar.org

 

初めて知って、「何これ面白そう!」と飛びつき、束ファン*2と呼ぶにはおこがましいようなレベルだったのに参加しました。その時の記事がこちらです。

 

ibara810.hatenablog.com

この時に、今回使用しているAdventarの存在を知り、様々なアドベントカレンダーが企画されていることを知りました。興味のある企画や記事をわさわさ読んでいたのを覚えています。もちろん、自分が参加していたトールキンアドベントカレンダーも読んでいました。

こういう面白い遊びが出来たらいいな、と思って1年すっ飛ばしましたが、そのお陰もあって今年は無事に企画を立てることが出来ました!

 

私が動かされたもの

自分が企画を立てるにあたって、出来るだけ多くの人に参加してもらいたいなあと思ってゆるめの制約にしました。

それが「私が動かされたもの」です。

最初は「心が動かされた瞬間」にしようと思ったのですが、瞬間に限らないでいてほしいなと思ったのと、動くのは心だけじゃないなと考えて今のタイトルにしました。

ブログタイトルが「熱に羽化されて」なんですが、それの別バージョンに近いです。書きたいことがまったく変わってない。

そして大変ありがたいことに、書いてくださると手を挙げてくれた方が集まり、最初のカレンダーがすぐに埋まりました。その後「もう埋まったの?」「参加したかった」という声をいくつか聞いて、即2つ目のカレンダーを立てて追加で募集をしました。こちらも参加枠が全て埋まったので、総勢49名のお話が読めるということになります。

すっかり仲良しの友人も、この企画を通してはじめまして!の方まで、バラエティに富んだ人々が集まりました。

書く内容も私がよく知っているものから、まったく知らないジャンルまで幅広く掲げられていました。

あー楽しみ!

 

楽しいことが好きなんですが、友人から「人生を楽しむ天才だね」と評されたことがあります。

これがとっても嬉しくて、楽しいこと、色んなことに手を出していきたいなあと思っている節があります。

ただ、楽しかったこと、記録に残すのがそこまで得意じゃないのでわざわざブログを設けたりしているわけですが、今年はこれを皆とやれたら、と思っております。

なので、ここから12月、もっと楽しくなればいいなと思います。

どうぞお付き合いくださいませ。

 

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札幌テレビタワー前のクリスマスツリー。クリスマスっぽい画像が他になかった。

クリスマスまで後24日!

本日のもう一方の書き手はルバブックさんだよ!

そして明日はチグリスさんとべべさんだよーーー!

 

*1:25日×2なのですが、今日と最終日で私がかぶっているため

*2:トールキンファンのこと。トールキンはイニシャルのJRRTを組み合わせたモノグラムを使用していたのですが、それが漢字の束と似ていることから

20190411 フラワーデモに参加した覚え書き

すぐに書こうと思ったのにもう月末になった。
4月中に書いておかないとならないと思ったのでもう9年選手の骨董品みたいなPC開いて書いている。

 

itisrape_japan (@itisrape_japan) | Twitter*1主催の性暴力、性暴力判決に抗議するスタンディングに参加した。
デモに参加したことは一度だけ。2013年12月6日の特定秘密保護法案反対デモに危機感だけ持ち合わせて行った。今回もそんな感じだった。
去年の東京医科大学の女子差別が発覚した時に起こったデモには行きたかったけど仕事が終わらず参加できなかったので、なんとなく行けなかったモヤモヤが残ってた。だから今回は体調も悪くなかったし、仕事も終わらせて余裕があったからそのまま向かった。

 

お腹すいてたから東京駅でサンドイッチ買って持って行ってた。東京駅の丸ビルと新丸ビルの間、ってどうやって行けばと思いながら地下をダラダラ歩いて、地上に出たら人だかりが見えて安心した。時間ギリギリかなと思ったけど、10分前には着いた。
ぱらぱらと現れた人たちは花を持ってる人が多くて、というのも主催が出来る方は花を持ち寄ってくださいというアナウンスをしていたからなのだけれど、見逃した私は一人だけ花より団子みたいになってたんだけどそのままサンドイッチ食べてた。ポスターやプラカードを持っている人たちもいた。中には虹色の旗を持っている人もいた。男性と思わしき姿もちらほらいた。そして、朝日新聞の腕章をしている方がいた。正直これに一番安堵した。マスメディアの人が取り上げないと意味がないと思っていたから。
Twitterのタイムラインでは行く意思表示をしている人たちがいたから誰かしらに会えるだろうと思って行ったのだけど、着いた途端に早速友達に会った。今向かっているという友人がポスター刷ってくるよ、と言ってくれたので今日来れないと言っていた友人が作ってくれたポスターの印刷をお願いした、ら、私もそれにしようと思ってたんだ!と言われて、来れない友人の気持ちが、別の友人につながっていったことが嬉しく感じた。
デモが始まる前にサンドイッチを食べ終え、ポスターももらい、更に別の花を持ってきた友人から一輪もらって、いっぱしのデモ参加者っぽくなった辺りで主催の方が挨拶を始めた。

 

正直な話、「スタンディング」とはなんぞや、と思ったまま来てしまった。
立ちっぱなしで何するんだ?それこそ東京医科大学女性差別だったら、大学に対して訴える形を取れただろうけれど、と思っていたのだけれど、集まってスピーカーの人たちの話を聞くという集まりだった。

 

実際に話された人たちと内容は、以下の音声メインの動画で確認できる。


2019.04.11 FLOWRE DEMO @TOKYO


公式がスピーカーの許可を得て公開したものである。数週間ぶりに聞いて、そうだった、とぼんやり思い出した。
性暴力に遭ったこと、理不尽な目にあったこと、長い目で見れば少しずつ変わってきている日本社会でも、驚くほどに進みが遅いと感じることなど、皆それぞれ自分のフィールドから話をしていた。
聞いているのは、正直苦しいことも沢山あった。最初の頃は、ずっとどこかしらですすり泣くような声が聞こえていた。一人目の人が話し出した辺りで、かなり離れた位置にいた方が崩れるように泣き始めたのが印象に残っている。他にも泣いている人は沢山いた。途中で隣の人がものすごく泣いていて、思わずティッシュをあげたりした。
ちなみに、ここで発言されていたことの全てに賛同しているわけではない。聞いていて、なんか違うな、と思った部分も沢山ある。あの夜集まっていた人たちは、「性暴力を許さない」という一点以外は、パーソナルも考え方も何もかも違っていた。でもそれでいいのだと思う。


良かったのは、日本で様々な性差別や性暴力に反対したり、性教育について活動している方がいることを知れたことだった。
若者に対して正しい性の知識を届ける活動をする#なんでないの プロジェクトの主催者の福田和子さん、マスメディアでジェンダーに関する記事を書き続けている林美子さん、様々な性差別に対して訴えてきた北原みのりさん、加害者に対して更生の手伝いをしている後藤稚菜さん。
印象に残った人が、これだけいる。このデモの後に、立ってないで活動すればと吐き捨てていた人がいたのだが、参加していたのは今最前線で性差別や性暴力に対して闘っている人たちばかりだ。
性差別について怒っているけれど、どんなアクションを起こせばいいのだろうと思っていた私からすれば、こういう人たちがいると知れたことはとてもプラスになった。
この人達の活動を支援したり、参加したりする選択肢が生まれた。なければ、それは今度は自分で作ってもいいのだという勇気をもらえた。

 

もう一つ良かったのは、主催の方で決まっていたスピーカーの方以外に、飛び入りで話したい人たちの話が聞けたこと。こういったことをメインで活動している人でなくても、何かしらもやもやしていたり、もっと直接的な被害に遭った話をしている人が驚くほどいる。
高校生の子が、学校の授業で性差別をテーマで取り上げた時、男子にも女子にも冷笑され、学校に居場所がないと話していた時に、私はあの子のために今日来たのだ、と思った。
自分が学生の時に、やっぱりあまり居場所がなかったことを思い出した。学校なんて小さな世界だ。それ以外にも、様々な意見を持った人たちがいる。それは彼女と同じ、もしくは近い考えを持っている人たちがこれだけいる、と示せたことは良かったと思う。
「普通の会社員ですが、」とスピーチを始めた人がその日一番うまいスピーチをしていて震え上がったり、スカートの丈の長さで痴漢されるとかそんな馬鹿げたことを言われる日が来なくなるようにしたい、ファッションからも発していく!とパワフルで前向きな話が聞けたり(この人が後にフォロワーだったと知る)、もっと雑多な、それぞれの個人でしか持ち合わせていない、苦しかったり辛かったりパワーのある話を沢山聞けた。それは誰もが直面している問題だと痛感させられた。誰もが辛いのだ。

そして、大事なことの一つに、男性と分断したいのではない、皆で立ち向かっていきたいと複数の人が繰り返し訴えていたこともある。性差別は男性に対しても多く存在するし、結局は差別をする人を減らしていくことで、男性も女性もそうでない人も生きやすくなっていくのだと、日頃から思っていたことを何人も発信していたことに安心した。
実際、男性であろう人も多く見かけた。冷やかしに来たというよりも、ちょっと話を聞きに来たというくらいの気軽さの人もいたと思うし、絶対これに参加してやるんだ、という気概でいた人もいたと思う。Twitterでも、来ましたと表明していた男性を見かけた。

 

一つ次回からどうにかしてほしいと思っていることがあって、それは当日プレスのような人たちについて。
一番最初のアナウンスでは、スピーカーの方から円を描くように広がっていたのだけれど、東京駅に対して奥にいた半数に関しては写真に写らないよう配慮します、写りたくない方はそちらに移動してくださいと言っていたのに、その後補足するアナウンスがなく、誰だかわからないけれど立派な一眼レフカメラ持った人たちが関係なくバシャバシャ撮っていた。非常に無遠慮だったと思う。ここに集まった人の中には顔を明かしたくない人もいたと思う。そういうことが簡単に踏みにじられていた。結局、どれだけの報道機関があの時撮った写真を使ったのかは分からない。そもそも報道機関の人間ではなく、個人的に写真を撮りたい人だったのかもしれない。でもあれは当事者としては嫌だったので、レンズを向けられるたびにポスターで顔を隠した。

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 これが友人の作ったポスター。他にも掲げている人がちらほら見受けられた。

 

公式の発表では、400人の人が集まったらしい。
私の友達でも、用事があってすぐに帰った人もいたし、途中から参加した人も多くいた。
用事があるのにわざわざここに来る、という選択肢を取った友人に対して嬉しくなったし、途中からでもなんとか来たいという人が足を運んでいたことにも、嬉しくなった。
寒かったから、体調を崩す前に帰った人もいたと思う。とにかく寒かった。その日の東京の最低気温は4℃だったらしい。よく自分が風邪を引かなかったと褒めてやりたいくらいだ。
当初、1時間を予定していたスタンディングは、結局2時間に及んだ。それほど声を届けたかった人が多かったということだ。
寒くて寒くて仕方なかったけれど、参加して良かったと思う。
あと、行けないけれど応援しているという人がとても多かったので、なんとなく雰囲気が伝わればいいと思って何度か現場のことをピンぼけした写真付きでツイートした。

 

なんとなく人が沢山いるな、という程度の写真と、まだやっている、何時までやっている、というツイートだった。

結果、行きたかったけど行けなかったという人や、こんなことやってたんだと初めて知ったという人や、中には行ってくれてありがとうと声をかけてくれた人がいた。そういう声が出てくることも、このデモがきっかけになったのは良かったと思う。
次は5月11日、大阪でも同様のデモをやる。それこそこちらには行けないけれど、応援している。
沢山人が集まることを願っている。主催の方が続けていく、今日で終わりにしない、と言ってくれたことは、希望をつなぐことだと思う。

公式サイトができていたので、行けないけれど何か言いたい、という人は、こちらを利用するのも手だと思う。

FLOWER DEMO

 

 


ただ、良かった、とは思うが、素晴らしい夜だった、とか、必要以上に美化したり褒め称える言葉が当事者からも、参加していなかった人から出ていたのには、違和感を覚えた。集まった人たちは勇気を出して来た人も多くいるだろう。その気持ちはとても大事にしたいし、間違いなく素晴らしいことだ。
でも、全然素晴らしくなんかあるもんか。ガタガタ震えながら話を聞いていたあの夜は、ホッとしたり喜んだりした瞬間もあったけれど、惨めに感じている時間が一番長かった。そもそも性暴力や、性差別がなければ、こんな集まりなんかしなくていいのだ。絶対に下の世代にこんなこと受け継いでやるものか。もっと朗らかで、平和で、女に生まれても、男に生まれても、どう生まれても、平等で、安心できて、健やかに生きていける方が、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと素晴らしい。そういう未来を目指して、苦しい夜も越えてやる。私は今を生きる。

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友人からもらった花たち。黄色いのは大好きな友人から、そしてブレスレットは敬愛する #花鳥風月labの長田杏奈さんから。

 

 #Metoo #Withyou

*1:作家の北原みのりさん、漫画家の田房永子さん、エトセトラブックスの松尾亜紀子さんの三人が主に動いている

一寸先の未来は自分の輪郭から

子供の頃から、将来の夢とか書くのが苦手だった。
分かりうる最古の将来の夢は幼稚園年少の時の「お嫁さん」だった。もしかしたらお姫様だったのかもしれない。か弱くて綺麗な女の子に憧れていた。自分が全然女の子らしくなかったから。

漠然と死ぬんだろうな、と思っていたリミットが27だったのだけど、悪魔と契約することもなく、何か偉大な才能を開花するわけでもなく、あっさり迎えてそろそろ半年が経ちそうである。とりあえずここまで、と思わなきゃ生きてこれなかった。私はいつも「ハリー・ポッターの最新刊を読むまでは死ねない」と思ってて、それが終わってからは映画に摩り替わり、そうしてごまかしてずるずる生きている。気を抜くと生まれて来なかった理由をひたすら並べ続けてどうしてお前はのうのうと生きているんだという自傷の思考回路に入ってしまうので最近は意識的にしないようにしている。

なりたいことは体も心にも阻まれていたような気がする。本当にほしいものに関してはどうしてもぐずぐずして、二の足を踏み続けていた。もしかしたら今も踏んでいる。自分の出来る範囲とやりたい範囲が未だに把握しきれずにいるのも一因だということが最近ようやくわかってきた。みんなどうやってそういうことを知るタイミングがあったのだろう。私は本当に、本当にここ数年の間にやっと気づいたこと、見えてきたことが増えてきた。

まずはファンダメンタル、土台をなんとかせねばならぬとか勉強は復習が大事なんだとか当たり前のことがようやく納得出来る、というか体感することが多くて、自分をどう使いこなすかを試している。多分これそれこそ高校とか大学の時にやっときゃ良かったんだろうけど。
人より多分遅い気付きだろうけど、そうしてじわじわと成長して、ぐずぐずせずにチャンスにきちんと手を伸ばす大人になっていきたい。私というものが何者なのか、何が出来て出来ないのか、ということに考えを振っていきたい。自分を殺していい理由ではなく。


あと、長期の目標とか立てるのは難しいけど、短期ならまだ考えていられるので、それを少しずつ伸ばしていきたい。とりあえず4月にはノーマン・リーダスに会いたいし、今年は人のお金でアメリカに行きたい。




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