熱に羽化されて

好きすぎてこじらせたうわ言や思考の整理など

思いのコーティング(最近のお祝いの話)

今週のお題「お父さん」

 

父の日や母の日、あと結婚記念日や誕生日など、両親に関するお祝いごとは、最近めっきり食べ物が多い。
それもこれも私の手に届く範囲の物だと、特に父は既に手に入れていることの方が多い。
思い立ったら即Amazonの男なので、毎日のように我が家には宅配物が届く(配達してくださる皆様、本当にありがとうございます)
そのため、何かリクエストがない限りは、下手に狙った物品よりも食べ物もしくは酒になっている。食いしん坊とグルメの合いの子みたいな父親なので、そこまで酷いものでない限りはこれが一番喜んでくれる。

さて、そんな訳で今年の父の日はいつも行く洋菓子店のケーキにした。
もう我が家ではすっかりこれが定番で、何か祝い事があれば全てこの店のケーキで祝われる。いくら他の美味しいと評判の店のケーキを買ってきて食べても、舌が完全にその店に調教されているため、「やっぱりいつものあの店がいいね」と言う感想になってしまうからだ。結局1週間後に、もう一回例の店のケーキを買い直したりする。そのため完全に常連と化している気がする。最近は推しの誕生日など理由をかこつけて、ホールでないにしろピースのケーキやシュークリームを買ったりしている。
私は友人の集まりにもこのケーキを持って行ったり、手土産にここの焼き菓子を配ったりするので友人なら食べたことがあるかもしれない。

 

しかし、既に我が家の父の日のお祝いは終わった。何故なら、全員が先週の14日を父の日だと勘違いしていたからである。そして最近はケーキへの欲望が勝ってしまい、食べ終わってから「あっ、写真撮っとけば良かった…」とぼやくのだった。なので最近もそこそこに食べていた筈の写真が全然ない。
そんな感じで既に終わってしまった父の日だが、正直またケーキが食べたいので、明日も買いに行きたいのだった。

父は「健康に気を遣ってダイエットして長生きするより、好きなものを好きなだけ食べて死ぬ」と言ってるので、その通りにしてほしい。今の所糖尿病も高血圧もないのでそのまま楽しく生きしてほしい。所で明日もケーキ食べませんか?


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 これは先週食べたものではないけれど、同じケーキ屋さんで買ったもの。最近はホールケーキの種類が減っているので、各々が好きそうなものを好き勝手に注文する。たまに喧嘩する。生クリームとタルト生地が絶品なんですよ……

もったいないおばけと格闘中

暫く時間があるので、家の中のものを減らしたいと思った。
断捨離というほどの立派な思想は持ち合わせていない。私はヨガも嗜むが運動法の一種として捉えているので、本気でヨガという思想に取り組んでいる方には不真面目かもしれないが、そこまで賛同できないことも多いので…
しかし、部屋のキャパシティに対して、とにかく物が多いということは痛感している。
そして、それに対して「片付いてない」とモヤモヤしていることも。
いわゆる脱いだものを放りっぱなしとか食べた後のものを残しているとかそういうタイプの汚さではないのだけれど、なんとなく雑然としている部分が多い。
しまい方も悪くないことが多い。
衣服の収納でよく見る「立ててしまえ」とか物心ついた頃からやっているので収納方法にこれ以上のコツが見出せない。なので溢れている物の量を減らすしか選択肢がないのだ。

 

そういう訳で減らしたいのだが、いまいち「もったいないおばけ」が邪魔をする。


「それまだ使えるのにね」

「役に立たないわけじゃないし」

「今あるものを使って減っていったら使えるよ」


などという声がもうさっぱり捨ててやろうという私の行動を妨げる。

基本的にストックがないと怯えるタイプなのが、これらの内なる声を補強しているとは分かっている。理性では分かっている。
私が本当になくなって困るものは処方箋なので、それ以外なら殆どのものはどうにかなるとは思うのだが、どうにもこうも安心出来ないのだ。

これは普段荷物が多いのも、この有事に備えたいという心配から発生している。
荷物の少ない人が羨ましいが、あれは心身共に健康じゃないと出来ないと思っている。

 

そんな調子で地味にダメージを自分に与え続けている。

私が取るべき手段は二つある。

一つは「ええいままよ!未練や不安ごと全て捨てるのじゃ!」とドカドカ今使ってないものなどを全て捨てること。多分すごくスッキリするし、恐らく罪悪感は長続きしない。人間、忘れる生き物だしな。それどころか「あの時思い切って色々捨てて良かった」とまで思うかもしれない。

もう一つは「いいじゃん荷物が多くても死なないし。なんなら今の状況だと買い物もままならないんだからそのままでいよう」と開き直ること。諸事情により家に人を呼べないので、家族のスペースさえ侵さなければ別に問題はないのである。

ここんとこ家にいることが多いのと、ごちゃごちゃしたものが目について勉強したりするスペースをうまく作れないので、片付けている人を参考にしようとネサフした結果自分の体のサイズに合った机と椅子が欲しくなったのとでしっちゃかめっちゃかになっている。

 

私もオタクなので、こんまり導師の教えはあまり響かない。
全部ときめくし手放したらもう二度と手に入らない物が多過ぎて、ふんぎりが全くつかない。
Netflixの番組を観るのは大好きなんですが。

www.netflix.com

あれ早くシーズン更新して欲しい。
別にこんまりさんが色々売り出し始めても特に買わないのでSparkle Joyさせてくれよ!

 

最近読んでちょっと響いたのが池田暁子さんのこのコミックエッセイ集。

思考回路がかなり似ているので参考になりそうな部分がちょっと多かった。
何かあるとフリーズしてどうでも良くなってそのまま別のことやり出すとか…
これが普通なのか、それともある一定の人だけにしか起こらないことなのかが分からないなと思いながら生きている…… 

 

必要なものがスグに! とり出せる整理術!

必要なものがスグに! とり出せる整理術!

 

 

あともう一つ私的にすごく苦痛なのが、「ただ捨てるのはもったいない」という思考。
売ったら多少はお金になるのでは?と思ってしまうので、古本など宅配買取をしている所へ送ろう、と思うものの、どこに送ったら一番いいかみたいなことを延々と考えて結局様々なものが入っている箱は部屋にずっといる…みたいな状況がずっと続いている。

メルカリなどのフリマサイトに出しても、結局私の手元からすぐに全部がいなくなるわけではないと気づいてしまって、出品する意欲が失せている。
仕事だと発想なんか毎日のようにやっていたのに、私事になった途端に出来なくなるのは何故だろう。まあヤマトと法人契約してないからです…

そんなこんなで片付けは全く進んでいないのであった。
友人と通話してると「また片付けしてるの?」と言われることが多いのだけれど、片付けても片付けてもも物は移動し、そして私はふんぎりがつかないままである。嗚呼。

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家でもまだ片付いている方のスペース。

映画のパンフレットでギチギチになっている。


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一方、全然片付いてない方のスペース。

全部映画のポスター。一度も開けてないままのものがかなりあるし、ポスターの中に更にポスターが入っている……


退職しました

私的には大したことなんだけれど、巷で見れば大したことではないんだけとも、せっかくはてなブログ持ってるしな、という訳で退職エントリを書く。


1年8ヶ月働いた会社を退職した。
退職したと言えば聞こえはいいのだが、私は派遣社員だった。そして契約を次はしないと言われたのだった。要は派遣切りだ。
理由は産休の人が帰ってくるから…ということだったのだが、産休の人がしていた仕事と私の仕事はぶっちゃけそんなにかぶってはいない。私は事務系だったけど、今後はその人が行うので、ということだった。
正直なんで、と思った。指定された業務は勿論、以外のことも多くこなしていたし、自分で言うのもなんだが割と重宝がられていたとは思う。いない人の代わりをそれこそかなりやっていた時期もあった。


しかし、冷静な頭では仕方ないだろうなというのも分かっていた。covid-19の影響は年明けからかなり受けていた。
海外との連携が多かった会社なので、受ける仕事の量がガクッと減っていたのには私も気づいていた。
その証拠に、私以外の派遣の人も同じような状況になっている。急に契約ストップ。その人のことを案じつつ、ちょっとだけ、私と同じような状況の人がいて安心してしまった。辛い目に遭ってるのは私だけじゃない。
今いる人も危ないとちらりと聞いた。もしかしたら最悪、未来には会社ごとなくなっているかもしれない。全然そんなことは分からないけれど。


3月半ばからとても辛かった。急なことでショックだったのもあるし、ガタガタと社内の環境が変わっていった。
4月末まで、と言われてからすぐにリモートワークに切り替わった。
社員は全員自宅勤務になった。私を除いて。
どうしてもシステム上の問題で、私はリモートワーク出来ないと言われた。出勤するか自宅待機かを相談された。出勤を選んだ。殆ど人がいないオフィスは、実のところそれはそれで居心地は良かったけれども、社内で自分だけが感染リスクが高い状態にいるのが理不尽に思えて仕方なかった。まあストレスだった。私の仕事自体は、リモートワークも可能だったのに。
毎日電車に乗る前、出来るだけ人が少ないようにと祈っていた。出来るだけ出なくていい人は家にいますようにと。わがままだな。
正直今、とりあえずは暫く電車で通勤しなくて済むことに一番ホッとしている。

4月の後半は、毎日人とお別れの挨拶を繰り返していた。皆来るのは今日で最後だと。多分最後を2週間くらい繰り返して、誰に挨拶して誰に結局会えなかったか分からなくなってしまった。


シットコムの舞台になりそうな小さな会社だった。
今までいた会社の中で一番規模が小さかった。
お陰で直接一緒に仕事で関わらない人とも全員と面識があったし、よく話もした。
飲み会が全然なくて本当に楽だった。
世代が偏ってて、だからこそ干渉してくるような人がいなくて心地よかった。
自分の仕事は正直他の人でも出来る仕事だったが、楽しく過ごせたのは間違いない。


最終日だった今日、相変わらず人の少ないオフィスで、社長から小さな花束を頂いた。
実のところ挨拶だけでおわりだと思ってたので意外だった。
何度も「縁があればまた一緒に」と繰り返していて、やっぱり重宝されてたかなと傲りそうになった。
いやでもこの会社で派遣に花束送るの見たことない正直。
戻りたいかと言われると「ケッ、この時期に放り出しといて何調子いいこと言ってんだよ」という気持ちの方が強いのだけれど、もっと良い待遇になるなら考えますねという気持ちもある。
とにかく過ごしやすかった…風通しは良かったと思う。
困ったことは相談しやすかったし。サクサク解決することの方が多かった。


しかし戻りたいというよりはもっと色々やってみたいの気持ちが今は強いので、ちょっと休んだら何かしら挑戦してみたい。
体壊してガタガタになった後、ぼそぼそ時短なら働ける…と思って派遣で働き始めたけど、その当時に比べれば随分元気になった。
とりあえず前向きな気持ちにちょっとはなれたかな、という今の正直な気持ちを書いておきかたかった。
健康に仕事がしたい。
とりあえず体調崩さないのと、政権批判を強化します。
そして暫く外に出ないと思ったのでとりあえず献血に行って4月はおしまい。

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「なんとかなる」では終われない(私と英語)

気づいたら傍にいた。
けれど、今のところ仲良くなれていない。


これが今の私と英語の距離感だ。
先月推しの舞台を観に海外旅行に出かけたが、内容をすべて理解している…とはとてもじゃないが言えない。日本語で書かれた戯曲を予習として読み、後は微かな英語を勉強した遺産をフル起動させて、今がどのシーンで何の台詞か推測して観ているだけだ。
それって勿体ないのでは、と言われればぐうの音も出ない。
そもそもしょっちゅう海外に行っていると思われているが、実際はそんなことないし、そして簡単な会話も正直ままならない。
それでも「なんとかなる」で今まで生きてきてしまった。


このなんとかなる、は私と英語の長きに渡る触れ合いの中で生まれてしまったものだ。
振り返ってみると、英会話教室はいくつか通っていたが、どれも違うスタイルだった。

一番最初は友達の家に来たネイティブの先生と遊んでいたことで、授業のようなことはしていなかった。
親たちが英会話教室を自主的に開いていて、子どもたちはそのついでだったようだ。
その先生が引っ越すだかで来なくなってしまった。
しかし折角英語に触れたのだから、と家から遠いフィジー人の先生が開く英会話教室に通い始めた。
小学生になるかならないかで、この頃も何をしていたかあまり覚えていない。挨拶、挨拶、挨拶くらい。
あっ急に思い出したんだがI'm fineって毎週言ってたけど他のレパートリーなんざろくに習わなかったぞ。I'm fine or tiredの二択だった。

この時、教室の中では本名ではなくてEnglish Nameで名乗り、その名前で呼ばれていた。恐らくキャサリンだったと思う。あまり好きじゃなかったが、SIX THE MUSICALを体験した今、とても好きな名前になった*1。約20年越しの和解である。


引っ越してからはYMCAに通い始めた。ネイティブの先生と日本人の先生の二人から習うようになっていたけれど、これがあんまりよくなかったと思う。特にネイティブの先生が行う授業でだ。
当然ながら、授業に日本語は使わない。何人かの子たちと一緒に受けていたけれど、私はとっくに理解していることを何度も何度も繰り返しているので暇だなあと思ってばかりだった。
中には返事に詰まったり何も喋らない子がいる。答えるまでに物凄くヒントをもらい、ほぼ先生が答えになるような例文を言うとそれをやっと復唱するレベルの子が一緒にいた。その時間や沈黙が嫌いで仕方なかった。逆の立場になることを考えてない子供の残酷さである。
そういう子もまた親に通わされているだけだったりするので、どんどん英語が嫌いになるだけだろうなと思っていた。

また、小学生の時点で英語しか通じない環境に身を突っ込まれた結果「辞書とボディランゲージがあれば生きていける」という間違った悟りを開いてしまった。今だから言えるが、それは悟りではない。


そんな訳で中学生の時には他の子とのレベルが顕著だったので、あまりにも身に着けられることがなさすぎて、初めてやめたいと言った。その主張は受け入れられた。YMCA側が中学生レベルの授業に対応できていないのもあった。
ただ、辞めるまでの投資のお陰で、中学校まで英語は得意だった。何もしなくても中二くらいまでは余裕でテストで高得点が取れた。
しかも、中2で受験の内申に有利になるからと英検準2級を受けたら受かってしまった。
いやー英語できちゃうなーって思ってた。
受験前には詰め込みで英語や他の教科を勉強して、希望の高校に受かった。


しかし、高校に入ってからは下落の一途を辿る。中学の遺産だけでやっていける筈もなかったり授業は全然分からなくなり、成績は落ちに落ち、英語に触れる機会は激減した。
なんとか大学は受かったものの、必修の英語があまりに緩くて参加者も少なく、私はその中でも受けている方ではあったが、殆ど出席で点数を稼いでいたようなものだった。


大学に入ってから行動範囲がぐんと広がり、それに伴って映画、特に洋画を観るようになった。
しかしここで英語もう少し勉強しよう!となれば良かったけれど、そうはならなかった。
映画や配信を沢山観ても、新しく覚える単語といえば、日常で使いこなせないような固有名詞か、スラングか、ドラァグクイーン用語のどれかだった。(Tesseract*2なんてアベンジャーズの話以外でいつ使うタイミングあります?)
ぼんやり単語は聞き取れる。が、具体的に何言ってるかは正確には分からない。
その結果、映像と聞き取れた単語で推測するのだけは異常に得意になってしまった。
そして今に至る。


いや、至る前に何度も勉強しようと取り組んだことはあった。
受験勉強の時に使ったDUO3.0を一周してみようとか(こういう単語帳を一周出来たことがない)、English Grammar in Useを買ってみたりとか(ほぼ開いてませんね?)、友達と短い記事を精読し合おうとか(これはいつか復活させたいと思ってるんだけれど、教授陣の負担が大きいのでなんとかしたいところである)……しかしどれも長続きしなかった。
数年に一回行くか行かないかの旅行のためだけには勉強出来ない。出来なかった。


いや、しかし、いい加減にそろそろ、この状況を脱したい。
海外にちょっと旅行した先でなんとかなっているのは、相手の優しさと汲み取る力の高さに頼っているだけだ。
それは相手に迷惑をかけているし、自分の中に感じるもどかしさはこのままだと一生消えない。
言葉が詰まって何も出てこなくなる瞬間や、言いたいことはあってもうまく伝えられない気持ちの悪さは何度も体験している。
これは何か優しくされて嬉しかった、みたいなことから今の現状に怒っていること、自分が置かれている状況を説明出来るかどうかみたいなことまで多岐に渡る。
この気持ち悪さを解消する機会はいくらでもあったが、
もう少しだけ相手に伝えられることを増やしたい。
また、今の状況で情報へのアクセス出来る道具は多い方がいいと、毎日思い知らされている。
それは英語に限らず他の言語でもそうなのだが、私に一番近いのは英語だ。
好きな英語作品は数えきれないし、一番好きな俳優は英語を話す人だ。


ibara810.hatenablog.com


なのでこの記事を持って、英語にもっと取り組み、触れることを宣言します。
すぐ投げ出す性格なのはよーーーく分かっているので、記事にして上げることで後に引けない状況を作ってみる。
書いたこと、たまに反応をもらえるのだけど、「あれどうしたの?」と聞かれた時にまた止まっちゃって…と言わないように、努力していきたいと思います。
好きな人と滞りなく話したいし、目の前の相手が何を言ってるのか聞き取りたいし、突如として配信された海外の舞台を楽しく観たいし、刻々と変わっていく世界の情報をかき集めたいし、旅先で会った人と世間話がしたい!


なんだ、ちょっとこんなにやりたいことが沢山思いつくじゃん。
やらない選択肢なんてもうない!
なんとかなるだけはやめる!

と、自分を鼓舞して終わります。


とりあえず取り組みの一環としてトーキングマラソンもお試しで始めたので、こちらの使用感なども記事に出来たらいいな。



と、いう記事を書いてたら結構そんなこと言ってる場合ではない状況になってしまいました……
新型コロナウイルスに感染してしまった方々、また、これの影響を被った全ての方々へお見舞い申し上げます。私も影響を被った一人です。
この状況が早く落ち着くことを心から願っています。
というか、まじで、どうにかなってくれ……皆、まずは予防として手を洗おう。

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大好きなロンドンの劇場、The Old Vic theatre.
ロンドンで一番最初に閉鎖してしまった。公演中だったのに。
絶対また来るからね。


アルク #トーキングマラソン 特別お題キャンペーン「わたしと英語」

アルク「トーキングマラソン」×はてなブログ 特別お題キャンペーン
by アルク「トーキングマラソン」

*1:SIXには6人の王妃が登場するが、半分はキャサリンである。綴りはちょっと違う

*2:正八胞体。MCUシリーズで出てくる重要アイテムの名前です

出かけまくり

2月はブログを書こうと思っていた時期が私にもありました。
月に二度も旅行すると他何も出来ませんね!
来月の私に期待。

これは友人の披露宴の高砂
素晴らしい式だったのでこの話もいつか。
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OK, Keep on rolling!

もう一月が終わるんですって。衝撃。早くない?
とか言ってるとすぐ死んじゃうよって佐々木亮*1が言ってたのでもう少し日々を噛み締めて生きていきたい。


そんなわけで2020年も1/12が終わろうとしている。
2019年の買ってよかったものとかベスト舞台とか出そうかと思ってたけどそんな余裕もなく月日は容赦なく過ぎ去っていく。普段からまとめておけばいいのにね。しかし映画は現時点で既に無理そうな気配がしている。観ているのに感想書いたりするのが追いついていない。
アウトプット、もう少ししたい。
というわけでこいつを書いている。


今年の目標、Twitterにいくつか挙げていたので載せてみることにした。

HIROとタイマン

初っ端から何書いてるの感が凄いんですけどしたいんですよ。具体的にはLDHは男は格好良く見せられるので女ももっと格好良く見せろ!という話をしたい。どうでしょうか。急に言われても困ると思いますが結構切実に思っております。

映画の原作にちゃんと当たる

原作本の積読が激しいので…本だけじゃなくてもね、モデルになった人について調べてみるとか、きっかけになった事件を知るとかね。映画だけで完結しないようにしたい。どれくらいできるかな。月に1冊くらいは本読みたいと思いつつもう既にこれも達成が危うい。

長風呂をしない

だらだら風呂にずーっといるのが好きなんですが、結果として顔がどんどん乾燥することが分かったので顔が乾燥する前に出たい。しかし紙か携帯持ち込んで色々書くのがやめられない。

捨てる

部屋に物が多過ぎるので。もう少し減らせるだろうと。愛着のないものも多い気がするので、手放すことを恐れずに生きたい。普段の荷物とかも持ってないと不安ですんごく重たくなるんですが、流石にそろそろ使わないのに持ち歩くものの分量を減らしたい。減らせない物があることは分かっているので。

頑張れないことに対して頑張れそうと思うのをやめる

一番大事かもしれない。私は自分のキャパシティを見誤りがちなので、いける!と思ってパンクすることが多い。今もちょっとそんな感じなので、エンジン回転数を落としていきたい。ここぞという時に体力取っておかないとまずい…というか今が最高にまずい…今月詰め込み過ぎたなあと思うんですが、来月は倍以上の詰め込み方をしていて今から不安しかない。アドレナリンも多く出そうだけど消耗が激しそう。
よく考えなくてもライブ1本、舞台3本、オペラ1本(初!)、映画5本以上、って疲れるわ馬鹿か。正月休みと成人の日の三連休があったとは言え…代わりに何もない日は極力休んでみたりなどしたけど、難しいなー。体力をつけるのも休むのもしたいんだけどシャッキリしない感じのままリセット出来ないと引きずる。自分と相談しながらなんだけどブレーキ、私に必要なのはそうブレーキ。気を抜くとアクセル全開だから。



今月の色々まとめ、ハイライトでお送りします。
映画は日常過ぎてあんまりまとめる気にならない。


今年初ライブ。前述の佐々木亮介がいるバンド。格好良いのでもっと売れて欲しい。
久々に聞いたプシケ*2、ちょっと泣いちゃったよ。
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ライブで一番良かった曲が「Boy」だったんですが、公式が昔のライブ映像をYoutubeに上げてたから聞いてほしい。ギターが今のテツくんverではないんだけれども。あーアオキテツが加入して良かった、と毎回思ってる。


【a flood of circle】Boy (Live Ver.)【2012.04.15 Live at SHIBUYA-AX / LIVE DVDより】


人生初オペラはデスプラ先生の『サイレンス』。
指揮がずっと観えててそういう意味でも最高でした。
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今月私の魂を焦がしていたのはミュージカル『フランケンシュタイン』。
やっぱりこの時の加藤和樹が私も一緒に断頭台へ連れて行ったのだなと改めて感じた。
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まあ来月はアクセルフルスロットルみたいな感じなのでね、なんとか今年も生き抜いていきたいですね。

*1:後述するバンド「a flood of circle」のVo.

*2:音源未収録、メンバー紹介ソング

水面下の荒ぶり、風速不明

参った。降参だよ。もうこれを書くしかないじゃないか。


この記事は、#ぽっぽアドベント こと、「私が動かされたものアドベントカレンダーの25日目の記事です。



この一年は見えない所で激動だった。恐らく漏れ出ていたりぼちぼちつぶやいたりはしていたけれど、このことについてどこかでつまびらかに話したことはなかった。私は語るべきではないと思っていたから。資格がないのだと。けれど今、書いておいてもいいんじゃないかと思って25日もあと2時間とほんの少しで終わるのに、書いてたものを全部投げて今書き始めている。間に合うかは分からない。

……全然間に合いませんでした。ごめんね。



そのことを知ったのは、忘れもしない、普段一度もそんな話題にしたことない人のつぶやきだった。
ざわつくニュースが出るとすぐソースを確認しに行く。この何年もTwitterやっててついた数少ない喜ばしい癖だ。たまにすっ飛ばして忘れるんだけど毎回忘れずにいたい。
それで例に漏れず探して、恐らくどうやら本当らしい、ということが分かった。


2019年1月27日日曜日、櫻井翔の誕生日のすぐ後、嵐の活動休止発表。


まず心配したのは妹のことだった。私よりもよっぽど彼らのことを愛している。その時彼女は遊びに出かけていて、大丈夫かと連絡したら「駄目。帰る」とのことだった。迎えに行こうかと言ったが流石にそこまでは大丈夫、と言っていたので家で待っていた。母が「ねえ嵐、活動休止だって!?」と驚いたように言ったのも覚えている。
しかしこの日、自分が何をしたかはあんまり覚えていない。その日のTwitterを見たらル・ポールのドラァグレースを観ていた。呑気かよ。



元々、好きになったきっかけというほどのきっかけはなかった。
いつも妹の好きなもの、という印象だった。ある時から彼女がどハマりして「相葉くんがかわいいんだよ」という話を横でずっと聞き、面白いから観な!と嵐の宿題くんまごまご嵐を横でぼんやり観ていた。恐らく全国の、家族にファンがいる人にとってはあるあるな風景なんじゃないだろうか。家族に大好き!な人がいて、その影響でなんとなく彼らのことを観たり、気にしたりしている人。私もその内の一人だ。

私はアイドルにハマったことがない。男女問わず。好きか嫌いかで言えば好きな人もいることもある、でも熱狂的に追いかけたりはしなかった。恐らく最初に好きになったアイドルは世代ど真ん中のモーニング娘。だ。学校の行事でLOVEマシーンを踊った世代。で、流行った曲を何曲か、今も口ずさめるがそれだけ。それ以降は追っていない。フォロワーに好きだという人がいて、久々に聞いたくらいだ。泡沫サタデーナイト!良かったね。

初めて買ったCDはASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバム一気三枚買いだし、初めて自分が行った武道館はストレイテナーだ。今年初めて行ったライブは核P-MODELで、洋楽もトロイ・シヴァンとジャネール・モネイのライブに行ったくらいでちょろっと聞くが、未だに邦楽ロックと呼ばれるものを最も好んで聴くしライブに行くのが好き。今はSyrup16ga flood of circleを最優先している。今年一番聞いたアーティストはa flood of circleだったとSpotifyが教えてくれた。
そもそも音楽の趣味として、アイドルはかなり対象外だった。バンドのゴリゴリした音楽が好きなのだ。最近は韓国の女性グループを聞くことが増えたものの、表題曲ばかりでアルバム曲を聞いても全部愛せる自信はない。基本的に私のスタンスはバンドのサウンドを愛し始めるとアルバム曲全部通しで聞いて、打率8-9割くらいの好みになれば好きなミュージシャン入りする。なのてこの曲はピンポイントで好きだけど、他はそうでもない、みたいな人たちも数多く存在する。かなり好き嫌いの好みが激しい。ラップも好きなんだけれどなかなか好みに会う人がいない。そういう意味では最近のクリーンヒットはRAU DEFだった。格好いい。
他にも演技も声も好きなミュージカル俳優が音楽方面でも活動しているので曲を聞いてみたら全く好みと合わなくて撃沈したり、流行っているジャンルも聞いてみて曲がまったく合わなくてハマることがなかった。
一方でハイローにハマったのは曲が合っていたからだと思う。小学生の頃はJ-POPも沢山聞いていて、Avex発のアニソンをしこたま聞いていたので耳馴染みが良かったのだと思われる。しかし、ハイローの作中歌でも蓋を開けたら私が好きなのはつまるところVERBALでは?と思われるラインナップになる。


そう、VERBAL。
彼がいなければ、恐らく私はこんなに彼らの楽曲を聞いていない。


VERBALと言えばm-floで有名なミュージシャンかつDJかつMCであり、最近ではLDHの国際事業部のプロデューサーを務め、他にも様々な事業を手掛けている多彩な人物である。
そんな彼がまだデビューしてからそこまで日が経たない頃の櫻井翔に、「ラップやるなら自分で書かないの?」と言ったことが始まりである。
デビュー曲からラップパートがあり、櫻井が歌唱の担当をしていたが、その時は自分で作詞をしていなかった。しかしVERBALのそのアドバイスのお陰で櫻井は自ら作詞を始め、サクラップという名称が誕生し、このグループは曲中にラップ曲が増えていった。今でも歌番組では「作詞/作曲/RAP詞」と紹介され、RAP詞の欄は櫻井翔の名前がある。Thank you, VERBAL……
ドラマ『木更津キャッツアイ』のテーマソングも『a day in our life』というラップ曲で好きだった。今も好きだ。お陰でこのグループはなんとなく好ましい、くらいの気持ちだった。木更津も知ったきっかけは大塚英志の『物語の体操』という本からなのでかなり変則的な知り方をしている。当時出ている俳優は山口智充しか知らなかった。


そこからなんとなく、時間に余裕があったら見る、くらいの距離感だった。だが生来ドラマを禁じられた家に住んでいたため、超有名ドラマ『花より男子』をドンピシャ世代のくせに私は通っていない。『花より男子』は楽しくちょっと世界が広がった学生の象徴であった。話題に入れなかった苦い記憶と共に蘇ってくるものでもある。もし通っていたらもっと違うはまり方をしていたかもしれない。ちなみに『君はペット』も観たかったのに親に止められた記憶がある。そんなこんなで連ドラを観る下地がまったく育たないまま今に至るので薦められたドラマを全然観ていなくても許してほしい。
そこから妹が社会人になってから再燃、それに伴い私の彼らを目にする頻度がぐんと上がった。具体的に言うとテレビ番組は彼らの出演しているものが優先され、気を抜くと横から動画を見せてくる。5人のパーソナリティーのようなものは頭に入り、新曲のシングルはなんとなく分かるようになった。たまに観たり観なかったりしていた。何かの折に「このグループはね、優しいんだよ」と妹が言ったのを覚えている。たまたま大学の後輩が劇場版の『謎解きはディナーの後で』の完成披露試写会を当てて、一緒に見に行ったこともあった。
来年は20周年だねえ、と言いながらファンクラブに入り直した記憶がある。入り直した、というのは以前妹がのめり込んでハマっていた時に、とりあえず一緒に入ってみたが、更新手続きの面倒さに放置してそのまま退会扱いになっていたからだった。
そんな折に、活動休止の話が急に持ち上がってきた。


最初に考えたのは「ああ、やっと彼らは休めるのだな」と「これでもう加害者にならずに済むんだな」という非常にエゴイスティックな安堵だった。彼らを観ない日はない。番組やCMやドラマ、雑誌の表紙やラジオをやっているメンバーもいる。彼らがどれだけ働いているのか、労働な嫌いな私には正直想像もつかない。最初に報道にあった大野の休みたい、という話に、そりゃそうだと納得しかなかった。彼らがいない世界のことを、想像出来ていないというのもあったと思う。これは正直今もそうで、2021年以降どうなるのかは全く想像がついていない。
また近年、日本ではアイドルに対して酷い事件が起こり、日本やそれ以外でも様々な理由で亡くなってしまったアイドルのことが頭にあった。アイドルを好きでいるということは難しいと思った。人間を「消費」している、という問題に今も私は明確な答えを持ち合わせていないまま彼らを、アイドルを観ている。その眼差しが彼らをどれだけ削っているのか、正直分からない。この問題に対して私よりもずっと真面目に真摯に考え続けている人たちが周りにいたお陰で、無自覚でいないで済んだ、という程度だ。
こんなにも過酷な労働をしており、プライベートすら自由にならない彼らのことを、私含めた存在が際限なく求めることによって追い詰めていたというのなら、もうこれ以上彼らを消費することなく済むのだ、という安堵があった。本当に、エゴだと思う。


しかし、そこからの彼らは完璧と言っていいような情報コントロールを続け、活動休止に至った経緯も、今後の活動に関しても、出来る限り伝えていた。発表からすぐの記者会見は普段私が観ている彼らと変わらなかった。深刻な話題に対し真剣だが、ほがらかでさえあった。ここまでは見せる/見せないのコントロールを、こんなにもうまくやっている日本の芸能人は多くないと思う。望まれるものも求められるものも多い彼らだからこそ、応援し続けてくれる人、未来になってくれる人のことまで考えて、2020年12月31日までは活動することを宣言した。発表から約2年後に、休止は始まる。
なんて用意周到だと舌を巻いた。優しいだけで成り立ってるわけではないと分かっているが、それでも優しいと思う。残りの時間を応援してくれている人のため、そして事務所の後輩へ続けられる道を作ること注力を始めた彼らに茫然とするしかなかった。この発表までにも、散々長い時間をかけて悩んで話し合って出した休符を打つという結論に、こんなに完璧に事を進められるのか。
この事務所内に関わらず、別れはいつだって唐突で突然で、思いもよらないことが殆どな中、彼らはその結論までゆっくり歩を進めることを選んでくれたのだった。
私が好きな人の中には、もう本当に、二度と会えない人がいる。もうの年齢を私は越してしまった。そういう別れを経験した身にとって、彼らのやり方は優しかった。
しかし半分が過ぎて思うが、ゆっくりどころか爆速の勢いでこちらに様々なものをくれているので、それはそれで予想外でもある。
実は一度だけ国立競技場のコンサートに行ったことがあるのだけれど、もう一度行きたいと思った。休止報道から2日後にコンサートの申し込みがスタートした。絶対行きたかった。



コンサートの発表は3月だった。かなり待った、というより最早いつ申し込んだのか忘れていたのだが、妹から当たった連絡が入った。


「いつ?どこ?」
「札幌……平日……」


申し込みをする時、第一希望から第四希望まで選べるのだが、第四希望だけは枠がこれしかない。「いつでも・どこでも」。そして見事に第四希望が当たったのだった。
当たった瞬間に宿と飛行機のチケットを取った。とにかく取れないから決まった瞬間抑えとけと言われたことを覚えていた。
かなり先なのにちょっと絶望的な値段の選択肢しか出てこなくて、慄きながらチケットを取った。迷ってたらなくなる、と焦った記憶がある。飛行機だけで台湾だったら同じ泊数でホテルも飛行機も取れて遊べるだけ遊んでお釣りが来そうだな……と考えてしまいかなりめげたが、それでもほうたらかしていたら行くことさえ不可能な気がしたので泣く泣く取った。しかし楽しみだった。物心ついてから北海道に行ったことがなかったので、未知の場所へ行ける旅好きの気持ちも大きかった。


あっという間に11月になり、3日のデビュー記念日に更に様々な発表をした。以前からやればいいのに、と思っていたライブビューイングの決定が一番嬉しかった。全国520館、と言われて目眩がした。これは映画クラスタでないとぴんとこないかもしれないが、ディズニーの大作、例えばスター・ウォーズやアナ雪で、公開スクリーンはだいたい350スクリーンを超えるか越えないか、という規模である。たった一度しかやらないとは言え、500を超えているというのは普段観ている映画たちと比べるとやはり規模が断然大きい。私の愛する映画館でやってくれたらいいなと願っていた。
そして彼らはSNSを始めた。正直言うと、嬉しいが、そんなに見せて大丈夫なのか?という不安が少しある。隙間時間で撮影してるのは分かるが、どれだけ負担になっているか分からない。そんなに楽しんでやっているなら、それに越したことはないが。


そんな折に、これからの活動とは異なるルートからの発表が来た。
二宮和也の結婚報道である。
コンサート2日前のことだった。
SNSではかなり阿鼻叫喚といった様子だし、普段彼の話をしない人もつぶやいている人が多かった。政権がまた何かやらかしたり国会でむちゃくちゃな法案を通すためのめくらましなんじゃないの、と言ってる人もいた。正直私もそれに近いのではと思っていた。
お相手のことはなんとなく知っていたので、遂にか…長かったもんな…と思った。
その時の私のツイートがこれである。

めでたい!が先にきていた。非常に個人的な話題であるし、それこそ1人だけ脱退、とか、余命がいくばくかしかない、とか、もっと最低最悪なことに犯罪に手を貸していた、とかそういうことではなかったので、いやーめっちゃめでたいねおめでとう!というだけだった。もっと酷いことを言えば、正直どうでもよかった。だって私の人生にはあまり関係がないので…その選択をして彼が幸せならそれでいい。
もちろん、アイドルの結婚に対して辛い気持ちになってしまう人も少なからずいることを知っているが、そういう人たちを責めたりなんで祝ってあげられないの?みたいなことを言うつもりはまったくないし、思ってもいない。私は彼に対してそういう気持ちにならないけど、どうして…と驚いたり傷ついたりする人のことも知っている。本当にご自愛ください。誰ならびっくりして傷つくかなと思ったけど多分従姉妹とか妹とか友達しか浮かばなかった。なんでだろう。
ただ、正直心配な気持ちはあった。明後日に迫るコンサートで、彼らが、彼が嫌な思いをしなければそれでいいと思った。発表直後のコンサート、何があるのか分からない不安はあった。20周年が終わり、21年目一発目という記念の節にある公演だった。


札幌に着いて次の日の朝、東急ハンズで黄色い文字入りのうちわをつくってもらった。「おめでとう」とだけ書いたそのうちわを持ってコンサート会場に行った。数日前までうちわ作るなら何がいいだろうと悩んでいたのだが、「ご飯食べて」「元気でいてね」しか浮かばなかったのだが、伝えられるとしたらこれしかないと思った。何を、とは言わなくても黄色い文字で分かるだろう。20周年おめでとうという人も多かったし。そもそも、見れる距離にいるかわからないし。
コンサートの席は転売防止のためか、入場するその瞬間までわからない。事前に入場ゲートだけ教えてくれるのだが、札幌ドームに至っては、入り口が北か南か以外の情報は分からないのだった。
発券した瞬間、妹が凄まじく高い声を上げて飛び跳ねた。いい席だったんだな、と思ったら「アリーナだ!」と言う。そのままアリーナまで長い長い道のりをかけて札幌ドームの下の方へ進んでいった。細かい区分けもアリーナのゾーンへ行ってからじゃないと図がないので、更に確認する。もう一度高い声で妹が叫んだ。
結局、センターステージとバックステージの間の花道の外周、通路から3、4番目という恐ろしく近い席だった。私の席運の中でも歴代上位に食い込むのだが、当てたのは妹なので多分彼女の運だろう。


そこで観るコンサートは圧巻だった。演出は松本が務めており、そのまとめ方はすべてではないがかなり気にいるものだった。圧倒的な演出、歌、踊りが次から次へと手を替え品を替え繰り出されるのをすべて受け止めきれずにいた。知っていますか、人間の目は一対、二つしかないということを。もうどこを観たらいいのか分からないほどライブ好きなので沢山叫び沢山踊るのは慣れたものだったので、いかんなく発揮していたと思う。
ただ正直なところ、何が起こったのかあまりよく覚えていない。ぼたぼた泣いて泣いて泣いて泣きまくったことばかり覚えている。何かちょっとしたことで、懐かしい曲がかかったり、生歌の音や構成が、いちいち全部心の琴線に触れてはぐらぐらに私を揺さぶり続けていた。泣けてきて仕方なかった。正直こんなことになるなんて思ってもみなかった。彼らが5人揃っていることの奇跡を噛み締めていたのかもしれない。挨拶の時、嗚咽が口をついて出そうになって、そればっかりは抑えて泣いて、顔面が痛くて仕方なかった。でも悲しかったわけではない。彼らの覚悟に圧倒されているだけだ。悲しいとか寂しいとかよりももっと切なくて魂の根っこごとぐらぐら揺さぶられている衝撃に、涙腺が壊れていただけだ。


あと後ろの人が途中具合が悪くて座っていたことも強烈に印象に残っている。この人は「ニノ結婚おめでとう」といううちわを持っていて、始まる直前にそれを見つけて思わずサムズアップしたので気がかりだった。水を飲んでたら回復したようだったのでことなきを得たけれど、そうでなければスタッフを呼びに走ったかもしれないかと思うと、コンサートやライブやイベントはは万全の体調で行かなければならないなと決意を新たにした。
周囲の人は皆優しくて、楽しんでいたように思う。何事も私の知りうる範囲の中では起こらなかったので良かった、と終わってから思った。


コンサートだけでなく、真冬の寒さとなった北海道の旅行は大変楽しいものであった。フォロワーにいろんなことを教えてもらったお陰で満喫した。その節はありがとうございました。


帰ってきてから、ライブビューイングが当たり、しかも私の最も愛する映画館川崎チネチッタで観ることが出来た。ライブサウンドをやってるスクリーン12で!最高だった。ある程度冷静に観れた気がするが、挨拶でもう駄目だった。本音、という言葉を使いたくはないが、思わず出てきてしまったような大野の言葉が強烈だった。
そこで11月のこと、そして今年ずっと思っていたもやもやしていたことを全部吐き出そうと決めて今こうして書いている。


正直彼らを消費し続けることへの正解はまだ見えていない。Netflixのドキュメンタリーも怖くてまだ観ていないし…事務所のことは本当に嫌いだしもっと創設者の功罪の罪の部分にはマスコミも事務所もきちんと向き合うべきであると思うが。
ただ、これだけやりたいことをやれるようになった彼らが「ここまでは出す」と決めたことになら、残りの1年乗っかってもいいと思えた。その先は分からないけれど、現状は私のやり方で、彼らを愛そうと思う。恐ろしいほどにもらいすぎているから、返せるものなら返したい。5人が納得行くまで突っ走るのを、のろのろ見届けたいと思う。


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私がずっとコンサートで聞きたい、と思っていた曲で、目の前に二宮和也がいて踊ってくれて、ぶっ倒れるかと思った。担当、というほどでもないが、5人の中で誰か1人を挙げなさいと言われたら私のお気に入りはこの人だ。ハイトーンボイス、器用貧乏、バラエティにおける立ち回りのうまさ、そして恐ろしく演技の上手い人。結婚おめでとう、どうか幸せに。